以下ネタバレありで、長文語りますのでご注意を。お時間とお心に余裕のあるときに。今回、作品そのものについて辛口です。作品感想飛ばしてミーハー役者語りに飛びたい方は、ワープしてください→コチラ。

　初見の感想は「しんどい」でした。重苦しい悲劇で、何の救いも残らない。登場人物の誰にも感情移入できないし、いくら考えても解決策は見つからず。しかも大昔の話ではなくて、現代の物語、登場人物たちはまだ生きている時代設定であるという事実。

　贔屓役者が主演のうれしさだけでモチベーションを保ち、何度かリピート。「カタルシスを目的としない悲劇」「イギリスがアメリカに批判的な立場で作った作品」と割り切り、楽曲の良さや駒田さんの活躍に集中、歌詞も聞き取れるようになると、だんだん楽しみ方がわかってきました。

　というか、最初びっくりするくらい歌詞が聞き取れず、それが「しんどい」の半分を占めていた気もします。音響の設定もあると思いますが、駒田さんや岡さん、笹本さんの帝劇芝居で歌詞が聞き取れないなんてあまりないんです。聞き取れるようになって初めて、歌詞の問題もあるのかなと思い始めました。原詞からしてわかりにくいのであれば、そういう作品なのでしょうが。

　たとえばキムが死ぬ場面「一夜で遠くなる」音としては聞き取れても、何故この場面でその言葉なのか、わかりません。何の前振りもなく「死ぬ」ことを「遠くなる」と表現しますかね？　キムとクリスの距離なら、遠くない一夜があるとすれば三年も前、再会では一夜も一緒にはいないどころか、一目も会わずに自殺を図ったわけで。何故今頃「一夜」という表現？　原語歌詞の直訳のようですが、ヒ・ト・ヨ・デ・ト・オ・ク・ナ・ルという音の羅列を漢字変換するのは難しい。

→博多公演以降の笹本キムは「ひーとーよーで・とーおくー・なる」とつなげて歌ってました。このほうが聞き取りやすい！　あとキムがクリスに会いに行く前に婚礼衣装を抱いて「一夜で結ばれる」と歌っているのにやっと博多で気づき、ここと対になっていたのか！とわかりました。何でこんなに歌詞が聞き取れないの、今回……。

　同じ作詞・作曲のレミゼの「恵みの雨」は、同じ歌詞を何度も繰り返すので、聞き取りやすく、歌詞そのものも内容をイメージもしやすかったんですけどね。

　全編、そんな感じ。具体的・客観的な歌詞より抽象的、感情的な歌詞が多い。

　場面転換でいきなり三年後に飛ぶ「モーニング・オブ・ザ・ドラゴン」は斉唱で、初見は本当に聞き取れません。「百年の恥さえ焼き尽くした」でベトコンが勝って外国軍を追い出した状況を伝えるってあまりにも抽象的過ぎない？　国名も何も出てこないんですよ。「はじ」という日本語を「はっじ」と跳ねる音程に乗せてしまうのも、他になかったのかと。

　演出がまたわかりにくく、直前がキムとクリスで「君と新しい世界へ」でラブラブ場面＝二人でアメリカへ行くんだなと思わせておいて、直後に三年後に飛び、仮面ダンサーが聞き取れない歌詞で謎のダンスを踊る。よく見れば、ドラゴン＝ベトナム？が、星条旗柄？の帽子＝アメリカ？っぽいのを追い出し、最初はきれいだったアメリカ国旗が途中で破れたものに入れ替わるんですが、よーく見ないと破れていることにも気づけないさりげなさ。そもそもどのシーンでも、アメリカ人とベトナム人の見分けが難しい。初見は何の場面かさっぱりわからず、物語に関係ない場面転換ダンスかなーと思っていました。

　リピートしてよさがわかるタイプの演出ではなく、リピートしないとわからない演出なんですよね。でもリピートするには重すぎる後味。つまるところ標的を役者ヲタだけに絞った作品なのかと。一般客はもちろん、普通のミュージカルファンにもハードル高そう。（一般ミューファンの姉は観劇一回で終わりました）

→博多座最前列観劇でやっと気付く、場面の最初に出てくる年号の旗の上に「再統一三周年」の文字があったことを！　赤い旗に白い文字、照明が赤いので文字読めてなかったのか……？

　で、役者ヲタの私はリピートして、やっと作品感想を言えるレベルに至ります。

　改めての感想も「共感できない」かなあ。もともと、共感を得たり、夢や希望を与える意図で作られた舞台ではないんですね。登場人物すべてをシニカルに見る作り手＝ベトナム戦争についてアメリカを批判するイギリスのの視点が感じられます。根っこのところでベトナム＝有色人種も蔑視してるし。

　まあ納得が行かないのは、ひとえにラストにキムが自殺する点ですが。アジアの母親が、子供を一人残して死ぬかなあ？と。

　クリスが頼りになる男で、エレンも聖母キャラならありえますが、クリスは頼りないし、そもそも再会すらしていないし。エレンが「子供を引き取るのは無理よ」「クリスと私の子供がほしい」とはっきりキムに告げた直後に、タムを引き取ってもらえると、なぜ盲信できたのか。

　もともとアメリカはベトナム帰りのクリスを白い目で見た国、ブイドイの扱いがいいとは限らず、前半で「金はくれても心はくれない」なんて表現も出てきたくらい。イギリスからのシニカルな視点で、アメリカも豊かな夢の国ではない、資本主義の冷酷さ、他国を戦場にして自国の利益をはかる構図も、この作品は見せています。

　そんな国に夢を抱くエンジニアたちベトナム人も、滑稽に描かれます。ジョンも慈善事業をしていますが、結局は自分で不幸の種をまいておいて、後から恵みを施す上から目線で混血児を「ブイドイ」＝ゴミクズ呼ばわりですし。バンコクに来た時も「仕事で来たけど、ここで（キムに）会えるなんて」まるで偶然会ったみたいな口振りで、タムを探しに来たとは言わない。アメリカがブイドイを受け入れ支援すると、ベトナムに伝えるシーンはないんですね。

　じゃあ何でキムは死ぬの？と考えると、単にクリスとの失恋のショックで、タムを捨てて自殺したように見えてしまう。クリス夫妻がタムを引き取ってくれるとは限らない（むしろエレンに断られている）状況で、現在のクリスには会いもせず、引き金を引くのですから。キムの死後、現在のクリスがエレンと同じことを言ってタムを見捨てる可能性もあるのに、確かめようともしない。

「蝶々夫人」がベースならば、それで正しいんでしょう。一途に一人の夫を愛し、信じ、待ち、絶望して死ぬ。ちなみに子供は、蝶々夫人が死を決める前に、アメリカ夫妻の希望で引き取られることが決まっています。夫に裏切られ、子供さえ奪われて、生きる意味を失うのが蝶々夫人。

　でも「ミス・サイゴン」の場合は、まるでキムがタムのために死を選ぶような構図を見せるから、それは違うだろ？となってしまう。17歳の小娘ならいざ知らず、苦労して三年もタムを育てた母親なら、もっと確実にタムを幸せにする方法を考えるはず。

　現実的に考えるなら、まず現在のクリスと交渉です。クリスの愛が自分にないとしても、タムへの支援を求めることはできる。クリスがタムを見捨てるなら、キムが生きてタムを育ててやらなければならない。継母エレンは、タムを愛して育ててくれる保証はないのですから。

　エンジニアに話せば、クリスはエレンと別れなくていいから、キムを愛人にするなりして、アメリカに三人を連れて行け、元手をくれればエンジニアがクラブ経営で稼いで何とかしてやる、とか言うでしょう。

　もしタムの顔や肌や目の色が、それほど混血度合いが強くなければ（役者全員日本人なので、設定がわからないのですが）、タムを育てることを条件にして、トゥイの妻になるのが賢いでしょう。

　観劇前は、名曲「命をあげよう」も、キムがタムを生かすために、これを歌って自殺するのだと思っていました。でも実際に観たら、トゥイを殺した直後に歌っている。自分の命ではなく、トゥイの命を奪ってタムにあげた歌だったのか！と驚愕。自分の命はクリスのために浪費しても、タムのためだけに生き延びようとは思わないのね。現在のクリスの気持ちを確かめる勇気さえ、キムは持てないのね。

　せめてアメリカがタムを幸せにする可能性の描写があれば、ラストの受け止め方が違っていたと思うのです。今の演出では、ベトナム戦争に参戦したアメリカは馬鹿で、それに期待するベトナムはもっと馬鹿、みたいな構図にしか見えなくて。

　せっかくエレンのソロを変えたのであれば「子供だけなら引き取って可愛がる可能性がある」ことを、エレンがキムに示唆する変更を加えればよかったのに。新しいエレンソロは「クリスが望むなら自分が身を引くべき？」と悩んでいて、むしろキム生きろフラグが立つんですよね。結局クリスが「妻はエレンだけ」と言い張るので、そのフラグは折られますが。

　結局キムは、エレンが身を引こうとしたことも、クリスがエレンと別れる気がないことも、知らずに死を選ぶんですよね。さらに言うなら、サイゴン陥落の時にクリスが泣く泣く帰国したのか、自発的にキムを捨てたのかも知らない。盲信してるだけです。

　実際、現在のクリスに会ったら、妻はエレンだけ、タムも引き取れないと言われる可能性もあるわけで。せめて現在のクリスに会って「自分の口から」気持ちを聞く勇気さえ、キムはタムのために持てなかったのかと。

→ここまで書いて、はたと気付く。もしかしてキムは、ホテルでクリスとエレンの会話を聞いてしまったのでしょうか？「今夜会いに来るべきよ！」と泣きながら部屋を出て、ロビーあたりでクリスを見つける。その場では声をかけられず、部屋まで後をつける。（もしくは外へ出てから窓の外？）部屋の外で、クリスの号泣会見と「妻は君だけ」「子供だけならまだ引き取ることもできるわ」を立ち聞きし、フラフラと町へ。（ジョンと遭遇しないで済むタイミングが難しいのですが）それならば、死を選ぶのも合点が行きます。

　まあ、もし立ち聞きしたのなら、そうとわかる演出にしますよね。ただ可能性としてはありうるし、キムの選択に私も納得できるかな。あとキムには「自分はトゥイを殺した罪人」という意識もあって、自分が身を引いたと。

（……なんて妄想を親睦会で口にしたら、駒田さんには「ないない」って言われました。「自分の口で言うべきよー！」で走り去り、ドアの外で聞き耳身を立てる小芝居つきでした。うん、ないな／笑）

　さて、悪口を言い過ぎました。現時点ではこういう感想という程度で、リピートするとまた変わるだろうとは思います。お芝居も私自身も変わるので。いつか「ミス・サイゴン」が、すんなり私の胸に落ちる日もあるでしょう。

　……なんて感想を書いていたら、千秋楽の挨拶で、クリス役の原田さんが興味深いことを言っていました。演出補・ダレン氏が「これは憤りを持ち帰る舞台だ」と言っていたと。あ、私の見方は、実は演出のねらい通りだったのかと腑に落ちました。終演後、「感動した」や「キムが可哀想」ではなく「とにかく怒っている」私って性格悪いの？と思ったりもしたので。最終的には演出に怒っているわけですが、それも演出家の掌の上だったんですな。

ミーハー語り編

fin.