○エンジニア

　本舞台を見ることになったきっかけは、駒田さんのエンジニアが見たい、その一点でした。帝国劇場での主演、市村さんとダブル、三度目のオーディションで掴んだ役。当然チケットは駒田さんしか取っておらず（実は一枚市村さんを取ってありましたが、駒田さんに代わりまして）、前公演も見ておりませんので、比較対象はありません。全般的にただの役者追っかけの感想ですので、あしからず。

　制作発表の頃は「テナルディエっぽい？」感がありました。「まだ芝居稽古始まってない」頃だったそうで、歌そのものは魅力的ながら、役作りはまだだったんでしょうね。

　帝劇公演もはじめのうちは、ちょっと遠慮してる？ように感じました。歌は安定していますし、芝居も良いのですが、もともと全体のバランス調整に気を配る役者さんなだけに、もっと思い切り、エンジニアは他のバランスを壊すくらい好き勝手やっていいのに……と感じる場面も。

　そうこうしているうちに、市村さんが胃ガン手術のため降板のお知らせが。8月から筧さんの登板が決まったものの、7月末の7公演を一人で勤めるという非常事態に。

　本人は市村さんとは仲が良いですし、もっと前からわかっていたんだと思いますが、驚くくらい冷静にこなした駒田さん。私はその間、まったく劇場へは行けませんでしたが、ブログも普通に更新して、観に行ったファンの方も「元気ですよ」とレポ。何せ2013年レミゼが、主演の相次ぐ傷病で休演という最悪の事態に至っていますから、それと比較すると、今回は予定通り公演を打って、凄いことだと思いました。客席にはわからない苦労が、裏方ではあったことと思います。

　8月になってから観に行ったら、あ、遠慮が消えてると思いました。7月は非常事態に備えていたりしたのかなと。駒田節全開というか、この役は駒田さんに合ってますねえ。狂言回しの軽妙な立ち位置、客席に聴かせノせる歌、生きることへの執着、夢を追い続けるバイタリティ。

　ただリピートするうちに、印象は変わりました。最初は、夢と愛嬌とバイタリティの人という理解でした。女を商品にしたり、追い剥ぎもするけど、いわゆる悪人ではない。

　それが、だんだん恐ろしくなって来たのです。きっかけは「生き延びたけりゃ」序盤でベトナム兵士の首をゴキリと折るSEに気付いてから。この人、死体から追い剥ぎしたんじゃなくて、生きてる兵士を殺して軍服奪ったよ？　しかもすごく手際がいい。現役の兵士を素手で即死させるとか、相当の手練れだよ？　一気に、死体あさり止まりのテナルディエよりも恐ろしい人だと感じました。軍歴があるんですかね、ああ見えて。

→横須賀公演では「首ゴキリ」SEがなくなっていました。あれ？　博多ではあった？　エンジニア解釈に関わるので誰か詳しく！

　さらに怖いのは、テナルディエは「神様死んでらあ」だったのに対し、エンジニアは僧侶にお布施していたり、本人の意識は善良な市民であるということ。とくに信心深くもないけど、神の道にそむいているつもりもない。生き延びるためなら、仕方がないという認識。

　女も完全に「商品」として扱っていて、ご機嫌を取ることはあっても、暴力も交えて冷酷にコントロールしている。これだけチューチューヤりまくっている舞台で、エンジニアだけは浮いた感情をかけらも見せない。信じているのは自分だけ。そのくせ「アメリカン・ドリーム」の女性はジジそのもの＝エンジニアの中では理想の女の位置づけという裏設定もあるとかで、感覚がいろいろ歪んでいる。淫売の母親の客引きをしてた幼少時から、戦時下のベトナムで、いったいどんな修羅の人生を歩んできたのか。考え始めると恐ろしくなる人です。

　あと、混血時って設定もありましたね、フランス系の。演出上は深い意味を持って扱われてはいないようですが、同じく混血時であるタムの作中での扱いを思うと……処理しきれなくなるので考えるのやめます。

　何より、聴かせて魅せる大曲があるのが、この役のうれしいところ。幕開けはまずエンジニアと娼婦、GIたちによる「火がついたサイゴン」エンジニアの店で飲んで騒いで女遊びをするナンバーですが、店で踊るエンジニアの表情がいきなりエロい。自分は商品の娼婦ではないし、お客の側のGIでもなく、唯一エロい絡みのないポジションなのに、エロい。ダンスで腰をくねらせつつ、半開きの口で舌をベロリとか……ファン的にウワアア、でございます。

　一幕終盤には前述した「生き延びたけりゃ」再統一後の収容所から逃れ、ベトナムからの脱出をはかろうとするナンバーがあります。

　まずは軽やかに「生き延びたけりゃ、俺にならえ」と、兵士の首を背後からゴキリとへし折り、軍服をはぎ取る。えっ、いきなりヘビーなんですけど！　追ってくる兵士たちの目を軽妙にあざむきながら、かつての自分の店・ドリームランドに戻り、へそくりを回収しつつ、思い出からアメリカへの夢を語る。「ちょいと聞きなよ、俺様のヒット」過去の商売で仕掛けた「ミス・サイゴン」を語る得意げな顔。けれど過去は過去、彼は未来に野望を抱えている。「そうさ男は男だぜ変わらない」危地を脱し、もっと大きな夢を追って不敵に輝く目。このあたりの表情変化、動きの魅せ方が、駒田一という役者の本領発揮。

　曲もアップテンポで、駒田さんにぴったり。「米をシコシコ、ケチな国に何故生まれた？」あたりの盛り上がりから、ラストの「ニュ〜〜〜〜〜〜〜ヨ〜〜〜ク！」って伸ばすとこがロックで超気持ちいいです。決めは「レツゴー！」スポットライトでポーズ。

　二幕序盤には、バンコクの客引きのシーン。インチキ商売でチャーミングにお客をノせる。駒田さん、こういうのがものすごく似合いますね。「追加料金でこのオレ抱けるぜ」なんて冗談までついてて、危うく客に襲われかけたりも。ボスに愛想良くしつつ裏で毒づいたり、再会したジョンに抱きつきつつ信用してなかったり、キムを宥めたり脅したり、生き方は一貫しつつ、クルクルと変わる表情。

　ついに「今夜クリスが迎えに来る」＝アメリカへ行ける？と聞いて歌うナンバーが「アメリカン・ドリーム」

「何だ、この香り？」お金を「香り」で表現するんですよね。やがて臭覚から始まったドリームは、壮大な幻影を生み出していく。

　最初は自身の恵まれない生い立ちの独白「お袋ヤクで舞い上がり、身を売りました」「ガキの俺はお袋の客引きでした」「胸が痛みまさぁ」どこか他人事のように、芝居がかった表情。先にも触れましたが、駒田さんのエンジニアは、感覚がどこか歪んでしまっている印象。アメリカンドリームも、完全にイキ顔です。

　夢を語りはじめ、スポットライトの中を歌い踊るエンジニアの周りに、やがてエンジニアの抱くアメリカの象徴が次々と具現化していきます。一階席で見ていた頃には気付かなかったのですが、二階席から見ると、エンジニアを包むスポットライトは、本物のように克明なドル札の渦を床に描いていました。空から降り渦を巻くドル札、巨大な自由の女神、白いキャデラックと運転手、葉巻を持った毛皮の娼婦が豊満な肉体をチラ見せ、それらの中央で歌い踊るエンジニア。エンジニアの赤ジャケに、白い衣装の女たち、青い男たちで、舞台に描く星条旗カラー。エンジニアの夢の膨大なエネルギーが、空間を塗り替えていくのが壮観です。

　けれどやがてドリームは端から消えて行きます。「待てよ、俺の夢！」追うエンジニアをぽつんと舞台に残し、元の世界に。何もない舞台で、一枚だけのお札のにおいをかぎ「アメリカンドリーム！」でシメるエンジニア。

　入れ替わりに死を決意したキムが現れ、舞台は頂点から奈落へと突き落とされます。

　この演出家とは恐らく生理的に合わないのですが（主に女性解釈）、映像的な演出では好きな場面もあります。一つはこのアメドリの札束照明。幻想が消えてから、現れるキムとの対比も好き。

　それから、一幕ラストの難民船に乗ろうとするエンジニア、タム、キムの後ろ姿3ショット。夕日をバックに海の向こうを見据えるエンジニアと、間にタム、ベトナムを振り返るキム。未来の夢を追うエンジニアと、過去に戻りたいキムの対比が面白いです。

　エンジニアは、病的なくらい前向きで強烈にポジティブ、夢が生き甲斐なんですよね。

　とりあえず駒田さんファンの私としては、物語の結末以降も、エンジニアにはたくましく生き延びてくれると信じています。いつか、アメリカの呪縛から解放されるとき、エンジニアは真の夢を実現されるのではないかと。（イギリス視点なのか、アメリカはドリームではなく、呪縛でまやかしに感じるんですよね）バンコクでも、どこでもいいから、己の真価を発揮して満足な人生を送ってほしい。私生児でも感覚が歪んでいても、己を信じ、しぶとく生き続けるバイタリティを持ったエンジニアの人生に幸あれ！

　っていうか、エンジニアくらいは元気に生き延びてると思わないと、本当に救われなくて、この作品……。

　ついでに演出関連追記。ヘリコプターについて。サイゴンと言えばヘリコプターですが（駒田さんが昔、冗談で「サイゴンに出るよ。ヘリコプターの役」と言ったこともあるくらい）、機材も大きくトラブルも多かったそうで、新演出では映像に切り替え。映像演出の得意な演出家さんらしく、なかなかの臨場感＆体に伝わるほどの爆音がいい仕事していました。むしろ映像→途中でハリボテに切り替わる帝劇版より、全映像の地方版のほうが、違和感がなくて好みです。

○キム

　本作品のヒロインにして、納得できない最大の要因、それがキム。「何故キムが死を選ぶのか」自分なりに解釈しないと、ラストを呑み込めずに苦しい。その観点で、トリプルキャストを観た感想を。

　笹本さんは、蝶々夫人路線だと思いました。クリスに自分以外の妻がいた失恋の悲しみで、そしてクリスに十字架を負わせるために、死を選んだ女。自分の死と引き替えに「タムのこと責任取れよ！」と言う女、おっかねー。

　ただこれで、将来タムは幸せになれるのでしょうか？　キムの死を目の当たりにしたダメ男クリスは、PTSDを悪化させてもっとダメになるでしょうし、エレンは自分の子供ができたときに、夫を精神的にダメにしたベトナム＝キムの子供を愛せるのかなあ。笹本キムは落ち着いて賢そうで、気も一番強そうに見えたので、自分が生き延びてタムを守る道を考えてみてほしかったところです。

　笹本さんの「命をあげよう」は圧巻です。ちょっと硬い声質が合っていると思います。トゥイを拒絶する声質も一番キツイ。トゥイをうまく丸め込んでタムを育てさせるとか、そういうしたたかさも発揮できそうなキムでした。でも自分の感情が強いので、ベトコンのトゥイを許せないし、クリスを裏切る自分も許せなかったのかな。

　昆さんは、三人の中で一番若いので、サイゴンに来たばかりのクラブでポヤポヤしているシーンや、一幕のクリスにメロメロな感じが似合います。

　クラブで「キム！」って紹介されたときに、どうしよう、何かしなきゃとテンパって、胸の前で手を合わせてお辞儀をする仕草がいかにも田舎娘らしくて可愛い。

　ただしラブシーンは、うーん、クリスとキムの恋に萌えを見い出せない私としては、二人が燃えれば燃えるほど醒めた次第。あんなにキスしながら息継ぎして歌うのはお互い大変だろうなーとか観察。二次元DK同士の余裕のないHは大好物なんですが、三次元の若い娘（知能足りなそう）が盛っているのを見るといたたまれないのは、私が腐ったおばさんだから……。

　自殺に関しては、この子アホ過ぎて、アホなこと思いついちゃったよ！もちっと先のタムの幸せ考えろ！って感想でした。エンジニアが「すぐ俺に報告しろよ」って言ってましたが、本当にエンジニアに相談していれば、キムが生きてタムを幸せにする道もありえたんじゃないかなあ、なんて。昆さんのキムはエンジニアの言いなりに見えるというか、エンジニアがいなければタムもろともとっくに死んでたように見えます。

　知念さんは、しっとりしなやかで、母性を強く感じるキムでした。舞台中でクリスがキムを月に例えますが、そんな「アジア女性」のイメージ。婚礼のシーンの歌が実は大好きなんですが、神秘的な声質とお祈りの仕草の美しさは知念さんが一番好み。タムを抱くのもしっくり来るし、言葉より眼差しで語るような雰囲気がありました。

　口数少なく、相手を立てて出しゃばらず、でも胸の奥にはひっそりと一人の男性への想いを抱いている。男の理想というか幻想みたいな女性像。現実にそんな女いねーから！とは思いつつ。

　そんな知念キムが死を選択する理由は、自己犠牲。欧米なら言葉でクリスとエレンを説得するのが先だと思うんですが、知念キムは他人とぶつかる方向のガッツがないので、何も言わず有無を言わさず、自分の命を差し出してタムを引き取らせる結論に導く。論理的に考えるとミステリアス、感情で動けばそうなるのかな。欧米人から見たアジア女性ってこんなイメージかしら、と思いました。

　ラストシーンで、私が素直に可哀想だと思えたのは知念キムでした。自分なら、決して同じ選択はしませんし、どのキムでも「タムを残して死ぬなんて馬鹿」という怒りは残るのですが。

　そういえば、ベトナム人が「夢」を口にするこの作品、キムの夢って何だったんでしょう。ドリームランドでは「私のため命かけて戦う人」バンコクでは「タムが引き取られて幸せに暮らす夢」平たく言うと、好きな人のお嫁さんになって、お母さんになって、子供の幸せが何よりってことかな？　私には、共感が難しい。夫と子供を得て幸せに過ごすのが夢だけど、「苦しみはいや。死んだほうがまし」で、夫を失った現実から逃れるために、子供を置いて死ぬのは辛くないのね。クリスは「夢、もういらない」ですし、「アメリカン・ドリーム」なエンジニア、「映画のように」ジジもよくわからない。サイゴンは登場人物たちの価値観・生き方の理解が難しいです。

　同じベトナム戦争を題材とした「タンビエットの唄」のヒロインは、子供を守るために、仲間を裏切ってまでも、地獄の苦しみを生き抜こうとしました。自分が同じ強さを持てるとは思えませんが、そっちのほうが理解はできたな……。

○クリス

　さてクリスですが。ダメ男以外の感想がない。ネットで「号泣記者会見の議員みたい」ってのを見かけてすごく納得。そういう路線のダメ加減。

　キムがクリスを愛する理由がよくわからないのも、私がこの物語を理解できない原因ですね。天涯孤独になったところにやさしくしてくれた、肉体的に初めての男だから、刷り込まれちゃったのかな。そんでそうなった背景には、作家が男性で、ダメ男を生娘が一途に愛するシチュが好みなんだろな、が透けて見える。さらにエレン登場で、ダメ男を愛し許してくれるママが理想なんだなで一気に醒める次第。

　とくにサイゴンが陥落してからのクリスの行動がダメ過ぎです。陥落前からジョンが「アメリカは軍隊をよこさない。わかっているのか、この意味？」叱っているのに「ジョン、この電話は忘れろ」でキムとベッドインするあたりまったくわかっていない。昆キムに引き続き、知能足りてますか？疑惑。結婚式→サイゴン陥落→キムの移住許可証をGET（ただしクリスの知恵ではなく、シュルツが規則曲げて）までは良いとして、その後はキムとヤッてただけで、脱出のタイミングを推測もしていないだと？　ネットで調べると、アメリカへ向かう母艦の甲板に多くのベトナム人を乗せるために、邪魔なヘリコプターを海に廃棄した等の逸話が出てきて、後でクリスが言うようにキムを渡米させるのは「アメリカ軍人ならできたはず」ということしかわからない。

　客席からすると、サイゴンという町が謎ではなく、軍人クリスの思考回路のほうが謎なのです。どうも、Ｈに夢中で脱出作戦の暗号のホワイトクリスマスを聞き逃したのではという説を見かけ、余計にウヘア。直前までヤりまくって、半端に銃なんか渡すから、後にトゥイの命を奪い、キムも自殺する道具になるし。軍人なら、自分が銃を持って、彼女を守ってやれよ……。

　大使館前に取り残された人々の中には、ジョンに「ノー」と言われたジジがいて、客観的な状況はキムもジジも同じなんですよね。「お前を捨てて逃げた。二度と迎えにこない」後にトゥイが言う通り、キムを捨てて逃げたのがクリスの客観的状況。

　またクリスは聞かせるソロやデュエットが何曲もありますが、すみません、今期のお二人はどちらも歌声がそんなに好みじゃないです。上野さんは声を張ると怒鳴り調で、音程が平坦に聞こえてしまう。原田さんは俳優として好きですし、クリスの役作りも母性本能を刺激してわかりやすいのですが、ソロをずっと聴いていたいほどでもなくて。キムとクリスの恋愛にまったく共感できないのと相まって、前半のキスしっぱなしラブソング（知能の足りてない二人がサカってるようにしか見えない）は、毎回しんどい時間でした。曲そのものは、好きなんですけどね。

○エレン

　さてダメ男につきものの母性の女、それがエレンです。いわゆるだめんずウォーカー。エレンがいたからクリスは立ち直れたわけですが、キムが自殺したことで、PTSDを悪化させたクリスを抱え、キムの子供であるタムを育てるって、難儀な人生選びましたね、エレンさん。ほんの数十年前でも、有色人種に対する偏見というのはアメリカで根強くて（オバマ大統領就任が話題になったのも、最近でも偏見があるからこそで）、ブイドイであるタムの存在は、アメリカでもそれなりの苦労を伴うはずです。

　最新演出では、エレンが「もし彼が望むなら、私が身を引いて」なんてソロを歌ってまして、もしそういう可能性があるのなら、キムは死なず、クリスとタムと三人で暮らし、エレンはベトナムに囚われずクリスよりまともな男とやり直せて、みんな幸せだったんじゃないかと思ってしまいました。

　新ソロ、キムが自殺した意味がますます薄れる方向ですよね。何でこういうソロにしたのでしょう。キムの自殺という筋を前提にするなら「もし彼が望むなら、彼の子供を愛せるかしら。彼女が託す彼の子供、私が幸せにできるのかしら」とエレンに歌わせれば、聖母感を強調しつつ、キムの死にも意味を持たせられたのに。（アメリカンな正義を振りかざすエレンになっちゃいますが）

　ちなみに差し替え前のソロは「クリスを奪われるくらいならキムと戦う」だったそうで、それならキムが死んで身を引く意味もありますね。

→横須賀千秋楽の原田さんのコメントで、演出補が「憤りを持ち帰る舞台」と言っていたとのこと、まさにキムの無駄死に感を強調するための新ソロと確信しました……。だからあちこちで「キム、バカ！　クリスもバカ！」と私が怒るわけです。

　エレン役もダブルでしたが、私は木村さんが好きです。キムと対峙するときに、対等に張り合える体型（見た目年齢）も重要な要素だと思うのですよ、エレン。どちらも、クリスよりかなり年上に見えましたけど。

○ジョン

　そして典型的アメリカン、正義は常に我とともにあるジョン。戦時中は割り切って女を買ったり、クリスにキムを見捨てさせたりしたけれど、平和になった二幕では、ブイドイの支援活動を頑張っていました。

　とは言え、ジョンのやっていることは結局、自分たちでまいた種で起きた災厄に対し、上から目線でほどこしを与えるだけで、根本的な解決はできない。それでもまあ、何もしないよりは人間として評価できます。戦時下の混血児問題は、これがベストと解決できない難しい問題ですからね、現在でも世界中どこでも。

　ベトナム戦争時の混血児は、現実にどんな人生を送っているのでしょう。タムの設定年齢だと、現在40歳代でしょうか。アメリカでの支援活動も、現在まで続いているのかな。そういうことがわかると、もう少し理解が進む気もします。ネットでぐぐったくらいじゃ出てこないんですが。

　ダブルキャストでは、岡さんが好きです。客席に語りかけ、説得するように歌う「ブイドイ」がいい。

○トゥイ

　登場人物に軒並み共感しかねる中、物語中で一番「わかる」と思えるのがキムの許婚のトゥイでした。とくに泉見トゥイは、キムを一途に想う姿が切なくて可愛くて、駒田さんが出演してなくても見たい！と思うレベルで好きです。岡田マリウス、東山アンジョルラス以来の萌え。

　結婚式に乱入する登場シーンから、汚い格好なのに、大きな目をキラキラさせて「ここにいた」「お前、俺と行く」片言っぽい必死キャラがたまらない。なのにキムに手酷く拒絶され、涙目で「呪うぞ」←殺すぞとか物理的じゃなくて、スピリチュアル可愛い。敵の銃口に己の額を押しつける挑発も、泉見トゥイの頭身と合っててすごく好き。

　二度目の登場は、高官の軍服姿でヘアスタイルもピシッと決めて、部下の前ではクールにふるまいながら、本音はやっぱり「キム」。拳銃ではなくナイフでエンジニアを脅すのも、ゲリラ戦叩き上げらしくて痺れます。

　恐らく新政権の仕事に忙殺され、権力があれば女にも不自由しないでしょうに目もくれず、三年もキムを探し続け、感動の再会は「二人のさだめなのだ」しみじみ噛みしめ「夢見ていた。嫁いでくるその日」とか、十代女子並の恋心だよぎゃんかわ！　涙を浮かべて歌う泉見トゥイの歌声は、元マリウスの甘さと歌唱力、並の女子ならメロメロですよ。

　しかしキムは冷たく「答えは、イヤ！」いいえとか行けないとかじゃなくて、イヤですよ、感情的なイヤ。

　後からネットで調べて、ベトコンであることをトゥイは隠して婚約、キムはベトコンを嫌っていて、もしかするとキムの村を焼いたのはベトコンだったかもしれない？等の設定を見ましたが、今期舞台上では「あのときあなたもうベトコン」くらいしか説明がありません。これだけで観客がトゥイを嫌いになれるわけがない。

　さらにベトナム戦争の一般的な認識は「山村に潜伏しゲリラ戦法をとったベトコンを狩るため、外国兵が一般人の村を空爆したり、虐殺を行った」ことで、ベトコンが一般人の村を焼くのは、戦略的におかしいんですよね。メリットがない。キムの村を焼いたのは、米軍かその他の外国軍の可能性が高い。その前提で見れば、クリスが突然「どうだろう？」とキムにやさしくするのも「米軍がキムの村を焼いたかも」と罪悪感を抱くタイミングに見えます。昔は知りませんが、最新演出の設定はそうなんじゃないのかな？　だとすると、米軍を許せるキムが、ベトコンを憎む理由はないんですね。政治には興味なさそうな娘ですし。

　しかしキムは、トゥイを拒絶し続け、しまいにはクリスとの子・タムを見せることで追い打ちをかけます。甘い夢から一転、絶望と苦痛に歪むトゥイの顔。すみません、切なくも萌えてしまう場面です。幼い頃から想い続け、探し続けた最愛の女が、敵の子供を産み、自分を拒絶する。そんな修羅場の果て、愛する女の手に掛かって自分が殺されてしまうトゥイ。断末魔の苦しみの中、キムに向けるのは微笑み。殺されても、キムの幸せを祈っているんだよなあ。泉見トゥイがキムに何か（観客には聞こえない）を言って微笑むのが泣きのツボ。

　二幕では怨みの亡霊としてキムの悪夢に現れるトゥイですが、これはキムの罪悪感が具現化しただけで、トゥイ本人の魂は死後もキムのことを護り続けていたと思います。荒海をボートで渡ったキムが無事だったのも、両親よりトゥイのご加護でしょ。生前からストーカー気質だけに、幽霊になっても一般人より強そうだもん。

　結局キムが自殺することになって、トゥイはさぞかし無念だったことでしょう。幸せになってほしかったのに。きっと死んだキムの霊を真っ先に迎えに来て、天まで導いたのはトゥイ。そういう想像をすると、サイゴンも悲しいばかりではなく萌えられます。トゥイ大好き！（何の感想だ）

○その他

　その他の役では、バンコクのムキムキマン・レザーボーイが超印象的でしたね〜。皮のボンデージ衣装にガチムチボディを包み、エンジニアの歌に合わせて胸の筋肉をピクピク。ムチをしばいて、男の客を連れ込んでみたり。下手側前方席だと、ほぼ目の前なので目が離せなくて困りました。反対サイドでエンジニアが歌っているのに〜と。

　娼婦のジジは、一番人気の設定でしたが、何故に黒髪おかっぱ？　恐らくイギリス人演出からは東洋美人＝クレオパトラのイメージなのでしょうが、日本人的には地味で幼く見えてしまう。横かぶりキャップにミリタリージャケットのセンスも謎。文化の違いを感じました。演じていた池谷さんは歌がうまくて聴き応えがありましたが。二幕のアラビアンスタイル娼婦もほぼ全員黒髪おかっぱで、もうちょっとセクシー女性のバリエーションが欲しかったところ。

　アメリカンドリームで登場するエンジニアの妄想美女も、白銀のおかっぱ。ファーコートをチラリと広げると、裸の局部だけにスパンコールを貼りつけたきわどい姿。股間には＄マーク。エンジニア、女の趣味はあまりよろしくないのね……。そのままジジである＝エンジニアの理想の女という裏設定があるそうで。

　でもエンジニアは、この先もパートナーと呼ぶべき女性を得ることはないんでしょうね。ドリームをかなえて億万長者になる可能性より、まともな結婚をする可能性のほうが圧倒的に低い。そんな気がします。

　さて、終わってしまいました「ミス・サイゴン」2014。波瀾万丈があり、長かったはずなんですが、終わってしまえばあっという間。次はいつでしょう。駒田さんは続投として（でなきゃ私は観に行きませんので）、知念さん、笹本さん、泉見さんはもう次はないような口振りでしたし、キャストが入れ替わり、演出も変わるでしょう。私がまた違う感想を抱く日もあるでしょう。そんな日を待ちたいと思います。

　その前に次の駒田さんの予定……「青空の休暇」のはずですが、演鑑の舞台は一般人にはハードルが高い。年内にライブがあるといいなっ。

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fin.