| 微 熱 |
突き刺さるような陽光だった。 土や草木は黄色く干からび、目に見えぬ大気までもがからからに乾いて肌に痛い。百年も前からそうであったように、連日猛暑が続いた。 この頃になると、嘉の生活は変則ながら規則的になる。 日中は屋内で動かぬさなぎのように眠り、早朝と夕方、不思議にはればれと目覚めて出歩く。夜には眠るとも眠らぬともつかず、息をひそめて過ごしている。 日によって気温の上がり方の一定しなかった初夏に比べれば、かえって体調はいいらしい。少なくとも、四六時中上着を着せたり水で冷やしたりする手はかからなくなった。 これで食欲さえあれば楽なのに、と喬がこぼす。 「坊っちゃままたどこに行っちゃったのかねえ。昨日の朝から何も食べていないのに」 この日は珍しく、まだ日は中空をすぎたばかりだというのに、嘉の寝台はすでに抜け殻だった。日が傾いて涼しくなる頃、目を覚ますであろう嘉のために、粥を煮ていた喬は溜め息をついた。 暑さには弱いはずの、あの細いからだのどこにそんな力があると言うのか、、嘉はろくに食事をせずとも、実に毎日戸外へさまよい出ていく。 この日、嘉は花の落ちた月季の茂みを分けいって、妹と二度目の対面を果たしていた。 「お兄様！」 小屋の影で涼をとっていた彼女は、兄の姿を認めるや飛びついてきた。もう一と月にもなるだろうか。久しぶりに見る妹は頬とくちびるを紅に上気させ、以前よりも血色よく見える。 「ずうっといらっしゃらないんですもの。ひどいわ」 なじるような口調で、しかし甘えるように着物の胸をつかまれ、嘉は少しよろけた。 この一と月というもの、嘉はいっそう頼りなくやつれていた。無理もない。気温の安定しない間は一日の半分は意識ももうろうと過ごしていたし、食欲はここまで下降の一途をたどるばかりだったのだ。 今も、強烈な日差しに耳鳴りがしている。 だが、兄の日焼けもしていない蒼い顔を何と思ったか、少女は心底うれしそうに微笑むと、その手をひいて小屋の中に導いた。 日を遮るだけの小屋だが、戸外の灼熱が不意に断切られると、嘉は何とか人心地が着いた。 相変わらず、彼女以外に出入りがないのだろう。小屋の老朽はつくろわれもせず、所々から差し込む細い光に細かい埃が舞っている。砂粒だろうか、黄金色である。 「とってもお会いしたかったのよ。毎日ここで待っていたのに、どうして来てくださらなかったの」 再び、少女が胸にすがった。伸び上がって、くちびるを寄せようとする。 「月季」 名を呼び、制しておいて、嘉は壁を背に腰を下ろす。 「どうかなさったの、お兄様」 その問いは、嘉が月季に発するべきものであるはずだった。 嘉と、初めて出会った、あの後、月季はどうしたのだろう。翌朝には体調を崩していたと潁が言っていた。母親や喬が、あるいは少女のからだの異変に気づいたはずだった。それがなぜ、あの時と同じ赤い唇で、あの時よりも艶のある頬で、変わらずここにいるのか。それも、毎日ここで待っていたとは。 だがその問いの発せられるより早く、赤い花弁が嘉の口を封じた。 「お兄様、いつもご病気ね。私が吸いとってあげる」 兄の膝の間に小さな体を滑り込ませて、月季が首を傾げている。無邪気な仕種だが、白蛇の妖艶な挑発にも見えてくる。 嘉が口の端を歪めて微笑すると、月季の口づけが始まった。目を閉じて、無心に餌をついばむ小鳥のように、機械的ながら熱心な力強さで、接吻を繰り返す。 嘉はぼんやりとそれを見下ろしながら、もう何を尋ねる気もなかった。 月季は月季なのだ。ここにいるだけの存在に過ぎない。もしも問いがあるならば、この少女を解体すればよいだけだ。解体の好奇心をあおるものが、彼女にはある。 何を欲して、何ゆえに、彼女は今ここにあるのか。 細い首をたどると、脈脈と血流がうごめいている。夏にふさわしく、日に焼けて乾燥した皮膚が、嘉の指先に逆らい、まさぐれば喉が鳴る。閉じたまぶたの裏側になにを見、なにを思っているのか、あまりにも能動的な存在感は、嘉にとって初めての感触だった。 襟口から手を差し入れて思いきり上着をはだけると、日に焼けていない部分の肌が露になる。 膨らみかけたばかりの乳房を手荒く探り、頂点に爪を立てたところで、ようやく反応があった。あっと叫んで、後ろにのけぞったのだ。 「痛いわ」 声に非難の色がある。だが嘉はかまわなかった。乱暴に抱き寄せて、今度は歯を立てる。同じ箇所に、しかも犬歯を。 かぼそい身体は刹那たわんで激しくあらがったが、やがて悲鳴がひときわ高く途切れると、嘉の頭を包み込むようにくずおれた。いったんゆるめた歯列を軽くすり合わせれば、たわんでは折れるをさらにくり返す。乱れた髪にからんで耳朶にあたる吐息は浅く、少女は細かくふるえていた。 ずいぶんと長いこと、そうして華奢な身体をさいなんでいたが、不意に、嘉のほうが飽きてしまった。 痛めつけていた部分を解放してやり、両の脇下に手を差し込んで抱き上げる。なされるがままの躰は、突然の許しにも気づかぬふうで、重みに耐えかねて流れ落ち、糸の切れた人形のごとく地にわだかまる。 黒髪が乱れた襟元をおおい、一筋は薄く開いたくちびるの闇に溶けている。荒い息をつくくちびるは、いつ見たよりも赤く、涙のにじむまなじりも、上気してまるで紅を引いたように赤い。 「月季」 声に出して、自らつけた名を確かめる。雑多に乱れ咲くあの薔薇の赤が、いま目の前に息づいているのだ。そういう感覚があった。 いつか月季の茂みをかきわけたように、手荒く仰向けて裾をはだける。いきなり差し込んだ嘉の指に、とげならぬ抗いの爪が突き刺さった。 「痛い」 叱責を発したのは少女のほうだ。嘉はその爪をはらおうともせず、中の指を深く挿入したままで妹を見た。 にらみ上げる目もとからこめかみにかけて、うっすらと土がついている。涙のあとを地につけたためだろう。 「月季」 やさしく呼ぶと、怯んだ。差し入れた指をゆっくりと動かせば、爪のかわりにやわらかな指の腹が手首を握り締めた。 「痛いわ」 あきらめて閉じたまなじりから、また涙が溢れる。その表情をのぞきこむように、嘉はゆっくりと移動し、肘をつき、指を差し込んだままの少女の傍らに体を伸ばす。 こぼれた涙が一粒、少女の耳朶に溜まっている。それを吸い取ってやると、よかったのだろう、妹の内部がやわらかく締めつけた。嘉の手首を握り締めている指の腹が微妙に動き、催促する。 耳の下の首筋まで羞恥に染めて、しかし少女は期待に身を震わせているのだ。それに気づくと、嘉は一気に鼻白んだ。 欲しいものは、くれてやらぬ。お前なぞに。 じっと、黙って少女を見下ろす。髪は乱れ、眉は痛苦にしかめられ、けれど土にまみれた頬は上気して赤く、薄く開かれたくちびるはなお赤かった。なぜ妹は、微笑さえ浮かべていられるのだろう、嘉の手の中で。 やがて開かれた目が、憐れむように嘉を見上げた、ように思えて、嘉はぞっとした。 反射的に指を引き抜く。抜いてしまってから、その上の襞の中をさまよわせた。妹の体の中に何を探しているのか、自分でもわからない。 突然、月季が鳴いた。 襞の中の嘉の指が、月季の求めるものを探りあてたらしい。抱かれるよりも贅沢な快感に捕われ、彼女は夢中で声を上げている。肢体をくねらせ、喉を絞り、必死に快楽を訴える。 恍惚ともどかしさと、隠しきれない感覚が表情に現れては消えてゆく少女の様を、嘉はぼんやりと眺めた。嘉の手首をきつく握り締めたまま、やがてのぼりつめて動きが止まるまで、十も呼吸を数えただろうか。 不思議に目を魅かれたが、犯したいとも抱きしめたいとも、感じる間もなかった。 息を乱して動かなくなった月季の横に、離れようともせず気遣うでもなく、嘉は膝を抱えて座っている。小屋の戸口を西日の朱色が塞ぎ、戸内は逆に闇が深くなっている。兄の表情を読み取りかねて、月季が不安げに呼んだ。 「……おにいさま？」 声にけだるさが残っている。 嘉は動かない。月季は起き上がり、裾をなおして、這いよる。間近でのぞき込んでも、嘉は無表情だった。 「怒っていらっしゃるの」 おずおずと尋ねる声は愛らしい。だがすがるような視線にたえかね、嘉は妹の頭を抱き寄せ、手のひらでその目を覆った。 「ちがう」 「どうかなさったの」 先ほどと同じ問いを、嘉に目隠しをされたままで、月季がくりかえす。 「きれいだった」 嘉はぽつんと言った。 細い体を苛めば苛むほど、月季は不思議に美しく乱れ、生き生きと鮮やかな表情を見せた。嘉にはそれが不思議だった。 自分にも、幼い頃犯された記憶がある。ためらいもなく抹消したはずの記憶だが、この頃不意に鮮明に思い出される瞬間がある。 その記憶の自分は、決して美しくはない。あのとき抱き止めてくれた潁の腕がなければ、奈落へ落ちてしまうべき姿だった。 ひきかえ、整えた身なりのどこかに甘美の名残りを残している妹を、嘉は不気味にさえ感じる。薄闇の中ひざまづいて嘉に目を覆われながら、笑みさえ浮かべている様はなおさら奇妙だった。 不意に、目を塞いでいた手をぱっと払って、月季が嘉に口づけた。 「お兄様、好きよ。またここに来るわ」 恥じらいと嬉しさが同時に込み上げたのだろう。そんな表情だった。嘉があっと思う間もなく、月季は裾をひるがえして小屋を飛び出していった。 館ではそろそろ夕食の時間のはずだった。暮れかかった外をぼんやり眺めつつ、嘉は月季の微笑の意味を考えていた。 |
続 |
だんだん、嘉がまともになってきますわね？
っていうか、割りとまともなんです、本性は。
（「まとも」を「魔とも」と変換する私のＩＭＥはまともじゃありません）