この作品は某匿名掲示板に投下されたネタを小説化したものです。
性的・暴力的描写を含む18禁につき、ご注意ください。
天上の高地にしか咲かぬ花の秘毒は、レオポルトの左足を確実に蝕んでいた。
黄金の若獅子と、敵国に恐れられた男である。好戦的な性格で、王の血族でありながら、自ら金髪を振り乱して敵地に斬り込み、何人もの敵将を血祭りに上げてきた。弱冠二十歳にして、王より一軍を任され、いくつもの砦を落としてきた猛将である。
それが、たった一本の毒矢のために、杖を着いて歩く無様を見ようとは。
「どうにかしろ、この足！ こんな小さな傷で、何故動かぬ」
苛々と、レオポルトは拳で膝を打った。足の治療のため、ローブをまとっただけの半裸で寝台に腰掛けている。
「毒のせいです、殿下。患部を開いて薬湯で洗いますので、どうかご辛抱を」
レオポルトの足元に跪いて、手当てをしているのは、従者のユリウスである。
腰までの長い黒髪を編んで垂らした小柄な姿は、一目で東方の血筋とわかる。故郷を戦火に焼かれ、孤児の里で医術と暗殺術とを仕込まれた彼は、十二の歳にこの館に引き取られた。以来、二歳下のレオポルトに従者として仕えている。
「もうよい。足首から切り捨てて、義足を作らせろ、ユリウス！」
主の怒号に、ユリウスは苦笑した。火皿の炎が、レオポルトの怒りに揺らめいて影をふるわせる。これだけの気力があれば、万が一にも、毒の作用で精神が参ることはないだろう。精神が健全であれば、体はきっと早くに癒える。
「そう短気を起こされますな、殿下の足は必ず治ります。数日のうちには、里の者が解毒薬を探して参ります。それまでどうか心静かにご養生ください。殿下はこのところ戦続きでしたから、よい機会ではありませんか」
たらいに張った薬湯の中で、ユリウスは主のかかとの傷を小刀で開き、たまった膿を絞る。相当に痛むはずだが、レオポルトは決して苦痛を口にはしない。
「それが気に食わぬのだ！ 俺が落とすべき敵の首を、他の将が落とす。俺が踏むべき新しい地を、他の将が踏む。俺にはそれが我慢ならん」
かわりに、王が他の将に遠征を命じたことの不満を漏らした。自身の体を省みるより、新天地を求めて先へ先へ行こうとする、そういう気性なのだ。
毒矢による傷は、たとえ解毒薬が手に入っても、完治するまでには少し時がかかる。この暴れ者の若獅子を、いかにして静養させるか。それは傷の治療そのものよりも、ユリウスにとって難しい命題だった。
「俺は何もかも、自分の手に入れないと満足できん。他の将が落とした地の、守りを任されるなんて屈辱はまっぴらだ。俺は世界が欲しい。落とした地に興味はないが、新たな地を手に入れるのは、俺でなくてはならんのだ」
ユリウスは何も答えず、自分の膝に載せたレオポルトのかかとを包帯でくるんだ。毒が体に上るのを防ぐため、膝の下にも包帯をきつく巻き直す。
浅黒く焼けた主の脚は、ここ数日で左だけ目に見えて痩せた。自分がそばにいながら、吹き矢などの姑息な暗殺術にレオポルトをさらした結果に、ユリウスは目を伏せた。
本来ならば、自分は罰を受けるべき人間なのだ。刺客を斬り、傷ついた主を担ぎ、館に戻った時点で、首を打たれても不思議はなかった。ただ、医術の里とのつながりと、解毒の知識があるために、生かされている。命に替えても、ユリウスはレオポルトの足を元通りに治さなければならない。
「さあ、できました。こちらの薬湯をお召しになって、今宵はもうお休みください」
飲みやすくぬるまった薬湯を、玉石の杯に注いで主に渡す。だがレオポルトは、腕を組んでそっぽを向き、受け取ろうとしない。
「それを飲むと、また意識が混沌とするのだろう。ここ数日眠り続けて、飽き飽きした」
たしかに薬湯には、眠りを誘う花の根を調合してある。鎮痛の効果と、体を休める効果の両方が望めるからだ。
「痛み止めです、殿下。どうかお召しください」
ユリウスは言葉を濁して、再度すすめた。解毒薬の届かぬ今は、とにかく体を休めることが肝要だ。
「その薬湯、飲み続けると、日に日に寝覚めが遅くなる気がする。やがてよもや、二度と目覚めなくなる、ということはあるまいな？」
片目を開けて、レオポルトはユリウスを見た。金獅子の青い目が、真実を試す鏡のようにユリウスを映す。
さっと、ユリウスは青ざめた。
「天に誓って、ございません」
青ざめたまま、首を横に振る。主にそんな目で見られることは、ユリウスにとって耐え難かった。
だが思えば、主の疑いは、仕方のないことかもしれぬ。
あのとき、やぶに潜む暗殺者に、何故気づけなかったのか。医術と暗殺術で仕えるのが、ユリウスの役目だ。勝利に浮き足立つ軍の中でこそ、一人神経を逆立てているべきではなかったか。せめてあのとき、主の後ろに続くのではなく、左側を守って自分の駒を並べていれば。
主が傷を負った今の結果を見れば、その忠誠を疑われても、仕方のないことなのだ。
「その薬湯、口移しに飲ませろ」
青ざめるユリウスに、レオポルトは意外なことを命じた。
「毒味だ。お前自身が口にできるなら、俺はお前を信じよう」
不機嫌そうに眉根を寄せたままで、主の青い片目だけがユリウスの反応を面白そうに窺っている。体は大きく逞しくなったが、レオポルトは時々、まるで子供の頃と変わらぬ表情を見せる。
他人の命をその手で絶とうとする者は、自分の命なぞはなから捨てているものだ。自分の死を覚悟して、口移しで毒を飲ませる事例はいくらでもある。もしレオポルトが本気で毒を疑っているのだとすれば、その甘さを叱らねばならないが、ユリウスは逆にほっとしながら頷いた。
「そんなことで、殿下のお気が済むのでしたら」
手にした杯の薬湯を、がぶりと口に含む。乳白色の薬湯はとろみがあり、少し花の香が強いが、飲みやすいように甘味をつけてある。
レオポルトのアゴに手をかけて、ユリウスは口移しにそれを飲ませた。喉に指先を当て、確実に嚥下するのを確かめる。
唇を離して、主の口の端にあふれた薬湯を指先で拭い、自分の口に入れる。毒でもないし、味も悪くなく飲みやすい、という証明だ。
「さあもう、お休みなさいませ、殿下。それとも、ご退屈なら、誰か女を呼びますか？」
主の肩を抱いて寝台に寝かせ、夜具をかける。
枕元の灯を消そうと手を伸ばすと、手首をつかまれた。
「女はいらぬ。女は俺を、手負いの獣だと怯えるからな。実際、苛々してつい乱暴になる」
レオポルトはユリウスの腕をつかんだまま、すねるように言った。
たしかに、平素ならレオポルトにまとわりついていた女たちも、矢傷を負って戻ってからは、すっかり遠のいた。不用意に近づいて、杖で叩かれた女もいたと聞く。
「殿下はお体もご気性もお強い方ですから。お怪我のせいで、お心をお体が受け止めかねているのでしょう」
体を思うように動かせぬ苛立ちは、レオポルトの場合、人よりも激しいだろう。まさに手負いの獣なのだ。
「……治るのか、この足は？ よもや一生このままということは？」
不意に、レオポルトは声を潜めた。
不安、なのだ。心身ともに人一倍強く生まれ、病気一つしたことない主にとって、片足に痛みを抱え、寝台に横たわるだけの日々は、とてつもない苦痛で、同時に底知れぬ恐怖なのだろう。
黄金の若獅子と呼ばれる主に、こんな思いをさせているのは、誰だ。戦場を駆ける若武者を、こんな寝台に縛り付けたのは、いったい誰の失策だ？
「治ります、殿下。天に誓って」
レオポルトは、ユリウスの手首を、まるで最後の命綱のように強く握りしめている。卑劣な暗殺者の毒矢から、主の守りきれなかった役立たずの従者だというのに。
あの日から、主は一度も、ユリウスの失態を罵ろうとはしない。
その手を両手で包み、ユリウスは誓約した。
「殿下のおみ足は、私が治します。もしも治せなければ、私の足を切って、殿下に差し上げます」
一点の嘘偽りもない、本心だった。
本来なら今すぐにでも、自分の足を切り取るべきなのだ。主の足を元に戻せるならば、胸を裂いて心臓をえぐり出してもいい。今はまだ、それより確実な解毒薬の望みがあるから、看護のために、ユリウスは生きながらえているだけなのだ。
「お前の足か、ユリウス」
レオポルトは、何故かニヤリと笑った。
笑って、ユリウスの腕を強く引く。両腕を怪力につかまれ、バランスを崩し、ユリウスは主の腕の中に倒れ込んだ。そのままぐるりと、主の下に組み敷かれる。
「この足をくれるのだな？ 女のように小さなこの足を」
ユリウスの左足首を持ち上げて、レオポルトは笑った。
仰向けに片足を持ち上げられ、トーガの裾がめくれ、ユリウスの足がむき出しになる。小柄な東洋の民の血を引くユリウスの足は、まるで女子供のように小さい。すねにはしっかりと筋肉がついているが、山猫のようにしなやかで、節くれ立ってはいない。そうした血筋なのだ。
だからいつもユリウスは、長い裾の服を身にまとい、戦場では細布を編み上げて隠していた。浅黒く日焼けし、馬の腹を蹴って鍛えた、王族の血筋を引く若獅子の足とは比ぶべくもない。
その主の左足は、今では動かず、痩せて、ユリウスの右足の上に載っている。
「……申し訳ございません」
目を伏せて、ユリウスは詫びた。黄金の若獅子・レオポルトの左足は、貧相なユリウスの足などで引き替えうるものではない。思い上がったことを、軽々しく口にすべきではなかった。
笑ったままの口で、レオポルトは牙をむき、ユリウスの左のかかとに歯を立てた。
「あ」
主の矢傷と同じ位置、くるぶしの下に、鈍い痛みが食い込む。漏れかけた声を殺して、ユリウスは耐えた。毒矢の痛みは、こんなものではないだろう。薬湯の中で、ユリウスが小刀で毎晩開く傷口は、もっともっと痛むはずだ。
「足だけでは、足りぬ」
レオポルトは、かかとからふくらはぎを、舌で舐め下ろした。予期せぬ感触に、ユリウスは寝台の上で身をすくめる。
「足も手も、体も頭も。俺は、お前の全部が欲しい、ユリウス」
青い目を細めて、レオポルトが言う。獲物をとらえた、肉食獣の目だ。火皿の薄暗い灯りに、凶々しく光を放つ。
「……私はあなたのものです、殿下」
オウム返しに、ユリウスは答えた。改めて言われるまでもない。天から地上に生まれ落ちた最初から、ユリウスの命はすべて、レオポルトのものなのだ。
孤児の里では、身よりのない子供たちが、様々の術を仕込まれた。誰かの役に立てなければ、この天地の間に生きる価値はない。術を覚え、その才を見いだされれば、里親のもとで生きる権利を得る。あるいは、その腕を見込まれ、暗殺者として直接死地に送り出される者もいる。あるいは、その臓器だけを主に捧げて死ぬ者もいた。
ユリウスは、レオポルトに仕えることで、今日まで生かされてきたのだ。毒矢から主を守りきれなかった従者は、むしろこの場で獅子の血肉となるべく食い荒らされるなら本望だ。
荒々しく、主が覆い被さってくる。動かぬ片足を引きずりながら、それでもレオポルトの腕は力強く、逞しい筋肉は生命力に満ちあふれている。主の命は、卑劣な毒などに侵されてはいない。
「ユリウス」
獅子の牙が、ユリウスの唇をむさぼる。薬湯の甘い香りが、互いの舌に絡んでいる。
舌の根が痺れるほどに強く長く吸い上げてから、レオポルトはユリウスの首筋に牙を突き立てた。金のたてがみが、ユリウスの首筋をくすぐる。レオポルトとの牙は、表面を傷つけるほど鋭利ではないが、皮膚の下に甘い痛みが疼く。
「あ」
思わず漏れた声を、ユリウスは両手で押さえ込んだ。鼻から抜ける声はまるで、主の罰を悦んでいるように淫猥ではないか。
「ユリウス」
やわらかい喉をついばみながら、レオポルトはユリウスの衣服に手をかけた。襟を左右に開き、力任せに絹を引き裂く。露わになった左胸の皮膚の上から、レオポルトの舌がユリウスの心臓をまさぐる。狂おしいほどに跳ねる鼓動が、獰猛な獣の牙を待ちわびる。
「お前の肌は、磁器のようになめらかだ、ユリウス」
だが獣の牙が皮膚に突き立てられることはなく、熱い舌が皮膚を這い回り、ユリウスを追い立てる。次第に荒くなる呼吸に、切羽詰まった悲鳴が混ざりかけ、ユリウスは必死に声を殺す。
揺れる灯に、青い目を細めて、レオポルトがユリウスを見下ろす。
「泣いているのか、ユリウス。俺は、お前が」
囁いて、レオポルトはユリウスのまつげを吸った。いつのまにか、涙がにじんでいる。痛みではない、未知の感覚が、ユリウスの器官を支配している。
枕元に手を伸ばして、レオポルトは火皿に指を入れた。香油に芯を浮かべただけの、簡素な灯かりである。片手の指をすべてひたして油をすくい、まだ熱いぬめりを、ユリウスの後庭にねじ込む。
「ウ、あ！」
思わず声を上げ、ユリウスは羞恥に全身を熱くする。主の言う、ユリウスが欲しいという真意に、ようやく思い至ったのだ。鈍い、としか言いようがない。
逞しい指で内部をまさぐられ、ユリウスはただただうろたえた。
どうすれば、いいのだろう。ただ主に逆らわぬ他に、ユリウスにはどうしようもないのだが。
察したように、レオポルトがユリウスの唇を塞ぐ。入り込んでくる舌を吸っていれば、少しは気が紛れる。レオポルトの逞しい体の下で、片足を押し広げられ、後ろを指に犯されながら、ユリウスは声を殺してただ耐えた。
やがて、レオポルトは指を引き抜き、かわりに自身をあてがった。
「ウ、あ、ああ……ッ！」
ここ数日の自由に動けぬ反動を、ため込んだ部位である。女なら、一晩に複数を抱く主である。力任せにねじ込まれる太さと熱さに、ユリウスはたまらず悲鳴を上げた。
口を押さこもうとした手を、主の腕が引き剥がす。
「声を殺すな、ユリウス。鳴け、お前の声を聞かせろ」
主の命に、ユリウスはいっそううろたえる。自分の意志で声を上げているわけではないし、従者の身分では、普段大声など上げることがないからわからない。
「は、あ……ん、ふ、ア、ああッ！」
主の長大な剣が、引き抜かれかけてはまた奥まで差し込まれる。容赦ない突き上げに、こらえようとしても、自分のものとは思えぬ悲鳴が喉を抜ける。
「ユリウス、ユリウス……っ！」
熱に浮かされたように、主が自分の名を呼ぶ。抱きながら、ユリウスの体中に牙を立て、爪で全身をまさぐる。ユリウスの編んだ黒髪をすくいあげ、口づけて乱す。
「ユリウス、俺は、お前が欲しい。お前の、血も肉も、心も、全部が欲しい」
レオポルトの青い目が、苦しげに細められ、ユリウスを見ている。
「あ、殿下、でん、か、ふ、あぁ……っ！」
つながったユリウスの中に、レオポルトは最初の熱情を放った。脈動するレオポルトの激しさに、ユリウスは全身をふるわせて耐えた。
それから幾度交わったか、ユリウスには定かな記憶がない。獣のように四つ足で後ろから犯されもしたし、主に求められ、動かぬ左足の上にまたがりもした。意識が途切れては目覚めるたびに、主の剣に深々と体を貫かれていた。
不自由な体で自分を抱くレオポルトはずっと、青い目を苦しげに細めていた。
これが、主の左足を守りきれなかった罰だとするならば、もっと手酷く滅茶苦茶に体を引き裂かれたいと、ユリウスは願った。
◆
翌日、日が落ちてから、ユリウスは起こされた。医術の里の者が、解毒薬を届けに来たのだと言う。
明け方から昏々と眠り込んでいたらしい。身を起こすと、体のあちこちに痛みが走った。手足には包帯が巻かれていたが、隙間には青痣が浮き、裂傷に血が滲んでいる。下半身に力が入らず、思わずよろけたが、ユリウスは壁に手をついて歩いた。内部も含めて、誰が手当てをしてくれたのか、考えると羞恥がこみ上げたが、気にしている場合ではない。
負傷した主の看護を怠けて、まさか半日も眠り込んでいたとは。
どうにか主の部屋にたどりつくと、寝台に腰掛けた主の前に、長い銀髪が屈んでいた。
「師匠」
振り向いた顔は、ユリウスの医術の師匠・クレーメンスである。解毒薬を届けるために、わざわざ出向いてくれたらしい。
「ユリウス、何をしていた」
少し厳しい声で、師匠は質した。記憶より老いてはいるが、鋭い目の光は変わらない。
「申し訳ございません」
ユリウスは問いには答えず、その場に平伏した。まさか、寝ていた、とは言えない。
「よい」
レオポルトが、短く制する。平素であれば、レオポルトがユリウスを怒鳴りつけそうなものだが、逆である。遅れてきたユリウスの顔を、見ようともしない。ユリウスは違和感を覚えたが、黙ってその場に控えた。
クレーメンスはユリウスの傷だらけの姿をじろじろと眺め、それ以上は何も言わなかった。手当てを終えたらしい、レオポルトの左足に包帯を巻く作業に戻る。
「運がようございました、殿下。解毒薬を抽出するこの薬草、夏場には枯れるのですが、山の頂に少しばかり残っていたそうですよ。これから毎日、この薬湯で傷を洗い、口からも服用すれば、三月ほどで足を動かせるようになります」
クレーメンスの説明に、レオポルトが顔を上げる。
「三月もかかるか」
予測以上の期間の長さに、落胆したらしい。それでも、名医と評判の高いクレーメンスが期限を区切ったことで、安堵もしたようだ。苦い薬湯の杯を手渡され、素直に飲み干す。
レオポルトほどの気力と体力があれば、もっと早くに治るかもしれぬ。ユリウスも、ほっと胸を撫でおろす。
「殿下。どうかこれから三月は、安静になさってください。効果が高い分、副作用も強い薬でございます。気分がよくても、出歩くのはお庭まで。馬に乗ってもいけません。酒や女もお控えください。お気持ちを高ぶらせることも、できるだけないように」
ごく生真面目に、クレーメンスは注意事項を述べた。
通常の病人ならば当然だが、相手は黄金の若獅子と呼ばれる男である。三月も動かずに転がっていろとは、無理難題に等しい。
「俺には、難しいことだな」
レオポルトが肩をすくめる。
ユリウスは思わず苦笑したが、レオポルトは振り向かなかった。さっきから、主はユリウスを見ようともしない。
クレーメンスに支えられ、レオポルトが素直に体を横たえる。
利きの速い薬は、体に負担をかける。初回の服用直後で、急激な眠気に襲われたのだろう。レオポルトが眠り込むのを見届けて、クレーメンスは立ち上がった。
「ユリウス」
目線で示され、ユリウスは師匠の道具を片付けた。荷物を木箱にまとめ、持ちやすいように手渡す。
「その傷。昨夜、何かあったか？」
木箱を受け取りながら、ユリウスの耳元に、クレーメンスは聞いた。
「……いえ」
短く、ユリウスは答える。何をどう答えてよいかわからない。
「殿下の気脈がひどく乱れておられる。気性の激しい方とお伺いはしていたが、これほどとは。お気持ちの乱れる原因は、何だ？」
今しがたのレオポルトの態度はむしろ穏やかに見えたが、気脈を診たクレーメンスは逆に感じたらしい。ユリウスは首を傾げる。
「戦に出られぬことに、苛立っておられますが」
心当たりを口にする。実際、ここ数日はそれで怒っていたのだ。
「戦？ さような外向きのことではない。もっと身近な何かを強烈に欲し、同時にその欲望を押さえ込もうと葛藤している、そんなご様子だ」
師匠の言うことは、まるで謎かけだ。
レオポルトは、世界さえもその手に入れると公言する男だ。常に新天地を求め、馬を駆り、敵将の首を刎ねて返り血を浴びて笑っている。いかなる理由があれ、わき上がった欲望を押さえ込むなど、主の気性からは考えられない。
レオポルトは欲しい物はすべて手に入れてきたし、すべてを手に入れるだけの力があるのだ。もし今得られぬものがあるとしても、三月後には取り戻せるだろう。
「先ほど、お前が来た途端に気脈が乱れた。ユリウス、何があった？」
師匠の鋭い目に見据えられ、ユリウスは目をそらす。
「言え、ユリウス。場合によっては、殿下のお命に関わる。現に、かかとの毒は、殿下の体内で浄化されるどころか、よどんで濃くなっておるのだぞ」
毒の傷は、厄介だ。毒を受けた体が正常であれば、徐々に浄化され、やがて体外に排出されるが、体内に病巣があれば、毒はかえって濃縮される。そしてその病巣は、体ばかりでなく、心の病が気脈を狂わせることもある。
「……殿下は、私にお怒りなのだと思います」
静かに、ユリウスは告白した。
「私がついていながら、殿下はおみ足に矢傷を受けられました。私は本来、殿下の盾となり、身代わりとなるべく仕えている人間です。それが、お役目を果たせず、私自身は傷一つ負っておりません。その私を、殿下は一度も叱責なさらない。殿下は、一時的とはいえ足の自由を奪った私に怒り、同時にそのやさしさでお許しになろうと、葛藤しておられるのだと思います」
ずっと胸につかえていたことを、ユリウスは言葉にする。誰にも言えずにいたが、ユリウスはずっと罪悪感を負っていたのだ。
「師匠にお越しいただけて、ようございました。殿下のおみ足のお手当てを、安心してお願いできます。私はこれ以上、殿下のもとにはいられない。明日、処罰をお願いします」
むしろ晴れ晴れとした気持ちで、ユリウスは言った。たとえその場で打ち首にされたとしても、レオポルトの足が治るとわかった今、思い残すことはない。
「ユリウス、それがお前の望みなのか？」
クレーメンスの鋭い目が、じっとユリウスを覗き込む。
ユリウスは、今度は目をそらさずに、正面から見返して頷いた。
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