同じショタ（笑）の血を騒がすファンタジーである「ハリー・ポッター」が普通で「千と千尋の神隠し」を特別面白く感じたのは何でだろうなあ、とつらつら考えていたら、ふとこのレポートを思いついた次第で。当時の指導教授のＫ先生、いろいろとありがとうございました。まさかこんないかがわしいサイトにアップされるとは夢にも思わず評価してくださったんだろうになあ。

　さて注意書きとフォローをいくつか。私、自分の文体は高校時代に固まったと思っておりましたので、油断しておりましたが、やはりかなり読みにくい文章です。無駄に難解な言葉使ってみたり、そこはお前、使いまわしちゃうやろ！とか、漢字の変換感覚が今と全然違ったり。しかも相当ーに堅苦しい文章なので、読むには気力が要るような気がします。

　以下、レポートは大変唐突に始まっておりますが（前置きくらいしとけ、学生時代の自分）、昔話「手なし娘」の日本版とグリム版を比較しております。（今読み返すとシンデレラは引用されている割にあまり絡んでない；中島みゆきの歌詞に至っては、何でレポートにこれが！仰天ものです）

　ざっとあらすじを述べますと、いずれも「父親に腕を切られた哀れな娘」が「長者の息子or王子に見初められ」結婚して子を成すも、「手紙の入れ替えの奸計」によって放逐される。苦労の末に、「最後には誤解が解けて長者or王」の元に返ってめでたしめでたし、というお話です。

　日本とグリムで違うのは、娘の性格づけ「かしこいor信心深い」と、要所要所での助けの入り具合。（私に言わせれば、日本版は助けが入らなさすぎてホラーです。腕を斧でぶったぎられた娘が、血塗れになってかさこそ這い回るって……夢に見そう）

　では気合入れてどうぞ。

「手無し娘」に見る日本人のかしこさ

テキスト：岩波書店／昔話の日本人の心（河合隼雄著）

参考文献：テキスト付録「手なし娘」（日本の昔話）、当時図書館で借りた「手なし娘」（グリム童話）、「シンデレラ」（有名なあのお話の子供向け絵本）、中島みゆき「EAST ASIA」（ポニーキャニオン）

　実の父親に両の腕を切り落とされた哀れな日本の娘は、「もともとかしこい」娘であった。物語の冒頭で語られる娘の特徴は、この「かしこさ」である。

　継母も「利口なあの子と一緒では、くらしができないすけに」追い出してくれるよう父親に頼んでいる。継子であるという理由からだけではなく、あまりにかしこいので本当に小憎らしい面もあったのではないかと、推測される台詞である。

　また実父までも、継母の言うなりとはいえ、それを聞いて「すぐに追い出す気に」なったのである。二山もの距離を娘を捨てに連れて行き、娘が眠りこんだすきに「このときだと思って」木割りで両腕を切りおとし、「泣いている娘をそこに残して」ひとりで「後も見ないで」山を下りる。これほどまで計画的で非情な行為を娘にやってのけるのだから、どうしても娘を愛していたとは考えられない。娘のかしこさ故に、この父親はかしこくはなさそうであるから、確執があらかじめあったのだろうか。

　ともかくも、娘は「かしこかった」。この要素は、当然この後の物語における娘の行動を位置づけてゆくことになる。

　一方、グリム童話における「手なし娘」の特徴は「まことに美しく信心ぶかい」ことである。同じくグリムの「灰かぶり」は、日本では「シンデレラ」の英語タイトルでよく知られる話であるが、「神様を信じて、すなおな心」の持ち主であった。

　日本の手なし娘、グリムの手なし娘、灰かぶり、はいずれも試練の末に、それぞれ長者、王さま、王子と結ばれて幸せになる運命である。その経緯も共通するところがあるが、彼女らの性格……「かしこい」と「信心ぶかい」による差異をたどってみると、日本固有の文化が見えてくるように思われる。

　まず、日本の手なし娘は実の父親にさえも愛されていなかったと先に述べたが、グリムでは、父親は悪魔に脅迫され、娘の許しを得てようやく手を切り落としている。切り落としたことには変わりはないが、日本の残忍な父親の仕打ちに比べていくらか印象がやわらかい。

　グリムの手なし娘は、流す涙の清らかさによって、悪魔の手を逃れ、その後旅に出る。おなかが空いて死にそうになったとき、天使が現れて娘を助けている。悪魔による手紙の入替えによって城を追われた後も、七年にわたって天使が娘とその子の世話をしている。「神さまのほかは、みんなからみすてられているあわれな人間」などと言いつつ、肝心のときには必ず天使が助けてくれるし、両親も王も王の母も、皆がいつでも気にかけてくれているのである。

　灰かぶりも、父親のみやげのはしばみや、家ばとがいつも味方であった。

　日本の手なし娘は、かしこさゆえに実父からも疎まれ、両手をなくして「血まみれになって、転げながら」後を追いかけても、ふりかえられもせず、他に助けもはいらない。切り口の手当もされず、谷川の水で洗っただけで、草の実や木の実を食べて自力で「生きながらえて」いたのであるから、すさまじいものがある。かしこい彼女の涙には、傷口を清める力も、天使を呼ぶ力もないのである。

　かしこい彼女がはじめて「祈る」のは、物語の最後、長者の若者が手紙の入れ替えによって追われた娘を探し当てる場面である。彼女は「何か」に祈っていたのではなく、具体的な何かを意図してか、さもなくば一種の精神集中のためだったのだろう。祈りで事態が好転すると思えるほど、ろくな目にはあっていないのだ。目を閉じて、己自身に意識を向ける。そうして心を研ぎ澄ますのである。

　娘が祈りから振り返ったとき、若者はたしかに自分の妻であるとわかる。

　奇妙なのはこの再会の場面のグリムとの対比である。グリムの手なし娘では、王さまはこのように一目では自分の妻を見分けられない。まず「あなたはどなたですか」と尋ね、天使が証拠の銀の手を示して、ようやくそれと知るのである。

　灰かぶりでも、王子は手当たりしだいに靴をはかせ、サイズさえ合えば「ほんとの嫁だ」というエピソードは有名だ。灰かぶりは纏足でもしていたのだろうか？

　おそらく、グリムの手なし娘は天使を連れて、灰かぶりはとびきり美しい装いで、それぞれ王・王子と出逢い、やつれてこぎたない姿を見せたことがなかったのだろうが、何だか薄情な気がする。こうしてみると、グリムの二人は他者の助けなしには、無論この助けも彼女たちの信心深い性格によるのだが、結婚すらできなかったのではあるまいか。

　その点、日本の手なし娘はたくましいかぎりである。「藪の中でかさこそ」していたが、涙を流して若者に拾われ、実は美しい娘であったので、ついに結婚までするのである。

　彼女は自分の涙に幻想を抱いてはいない。涙は、彼女を美しく見せる装いでも、神に助けを請うためのものでもない。どちらかと言えば打算的な、長者の若者の憐憫の情に訴えるためのものである。

　そもそも彼女には神はない。日本の神は古来唯一絶対のものではなく、山や川や植物や自然のあらゆるものに宿っている。貧乏や便所の神までいるのだから、キリスト教と比べるととんでもない話である。しかもその神は、人を救うために在るのではない。畏怖すべき力を持ったもの、として在るだけで、恵みをもたらす反面害を与えるものも多い。しかもどちらをもたらすかは、自然の気まぐれそのものである。

　手なし娘のかしこさは、こうした神の不在、幻想の皆無を生きぬくためのものなのだ。

「どこにでも棲む鳩のように地を這いながら」「どこにでもゆく柳絮に姿を変えて　どんな大地でもきっと　生きてゆくことができる」「大きな力にいつも従わされても　私の心は笑っている　こんな力だけで心まで縛れはしない」

　これは中島みゆき氏の「ＥＡＳＴＡＳＩＡ」の詩の一節であるが、この手なし娘のかしこさ、ひいては日本人のかしこさをよく表しているように思われるので引用した。

　かしこいということは、あるはずもない奇跡を期待しないということである。そして自分が生きぬくためにはどうすべきかを心得ているということである。

　きれいな格好をしてただただ祈っているだけでは生きられるはずはない。血まみれになりながら、藪の中でかさこそしながら、何でも食べなければならないのである。そうして自力で生きながらえた末に、若者にめぐり逢えたのである。どんな目にあっても、彼女の精神、存在そのものは、決して歪められることがなかったのだ。

　手が生えてくる場面もグリムのように「信心ぶかいおかげで」はなく、背中からずり落ちる子を抱きとめようとする、内からの必要性によるのである。結局は、すべての糸口は彼女自身の中にあったのであった。

　一般に日本人は「型式を重んじる」と言われるが、このような絶望的な状況においては、そのような状況を生きる下層階級の人々にとっては、むしろ形にはこだわらない本質があるのではなかろうか。手なし娘にとっては、手があってもなくても、きれいな格好をしていようとしていなかろうと、自己が生きていることにはかわりがないのである。

　一見まわりに迎合し、長いものに巻かれ、その実ふわふわと夢ばかり見て、自分の感情が様々にゆれるのを楽しむ日本人だが、どうも最大の関心事は「自己が存在すること」らしい。それ以外には風に舞う柳絮のように身を委ね、地を這いながらも、生きてゆけるかしこさ。

　手なし娘はまさにそれを自らで実現したのであり、だからこそ若者も素のままの彼女を妻だと一目で見分けられたのだ。涙の落ちるところに咲く花は、かしこい彼女への祝福である。自身のかしこさで得た幸福は、この先も守りとおしてゆけるはずである。

　継母と娘の腕を切り落とした父親は地頭に罰せられたとあるが、灰かぶりの意地悪な姉たちが一生盲にさせられたのと比べると、ずいぶん軽い。手なし娘にとっては、他人に与える報復なぞ自己の存在には微々たるものだったのだ。

　手なし娘のこうした姿勢は、日本人にとって、まことに痛快な理想ではなかろうか。

以上

　……つまり千と千尋の主題歌「いつも何度でも」の歌詞で言うなら「海の彼方には　もう探さない　輝くものはいつもここに　私の中に見つけられたから」の部分なんでしょうねえ。って、一言で済むんかい（笑）