いや、正確に言うと、寝かされるところだったらしい。

「カーマイン、気がつきましたか、カーマイン！」

　俺の首の下に手を入れて、心配げに覗き込んでいた友人が、がばっと激しくしがみついてくる。

「これこれ、揺すっちゃいかん。頭を打っとるからの」

　首に抱きついている友人の襟首を掴んで、引き剥がしてくれたのは、白髪白衣に聴診器をぶらさげたじーさんだ。こめかみあたりはフサフサだが、丸窓から差し込む陽光に、頭頂部が丸く輝いている。

　じーさんの後光の向こうには、キャロルとリプトン夫妻、アーサーの顔も見える。推測するにここは医務室で、じーさんは船医なのだろう。

　老朽化したハシゴをうっかりつかみ、船のマストから落ちるという失態をしでかした俺は、どうにかこうにか無事だったらしい。

　俺は上半身をベッドの上に起こした。クラリとめまいがして、手をこめかみに添える。

「ま、軽い脳しんとうだと思うが、何しろ頭じゃからの。安静にして、船を下りたら病院へ行け」

「ハイ、必ず連れて行きます！」

　じーさんの助言に答えたのは、俺ではなく友人のアカシだ。ヤツは俺の首からは剥がれてくれたものの、まだかぶりつきの位置にいる。

「イテテ、耳元で騒ぐなよ、コブに響く」

　俺は頭を押さえて、アカシの頭を向こうに押しやった。暑苦しいことこの上ない。

「お前さん、感謝するんじゃな。そのお人が受け止めてくれなかったら、コブどころか、頭がグチャグチャになっていたかもしれんぞ」

　じーさんが、医者にはあるまじきセリフを口にする。

　俺が脳天グチャグチャにならずに無事でいるのは、どうやらアカシが受け止めてくれたおかげらしい。着地の瞬間は俺には記憶がないのだが、最後に俺を呼んだ声は、アカシだったのか。

「まったく、あの高さから落ちる人間を受け止めようと手を出すとは、見上げた度胸じゃ。骨の一つも折れとるじゃろ。上着を脱いで、見せてみい」

　じーさんはアカシの襟首をつかまえて、診療用の丸イスに座らせた。

「いた、痛いです」

　じーさんに乱暴にジャケットをはがされて、アカシが小さく抗議する。患者扱いの荒い医者らしい。

「フム、右腕は無傷、左腕は前腕にヒビといったところか。お前さん、見た目が細い割には、異常に頑丈じゃな。そっちの落ちたヤツも、ゾウに踏まれても死なんクチじゃろ」

　口の悪いじーさんは、アカシの左腕にテキパキと添え木をし、えらく適当に包帯を巻き付けて、三角巾で首から吊った。さらに鼻をつまんで、怪しげな粉薬を強引に呑ませている。

「それにしても、お二人は知り合いだったのですか」

　じーさんの乱暴な治療を横目に、アーサーが尋ねる。琥珀「鳳華」の保管・輸送を依頼した会社の人間と、花嫁の替え玉を務めた探偵が知り合いだったとは、傍目に見ても奇妙な偶然だろう。

「ああ、まあな。まさかどっちも今日ここで仕事だったとは、お互い知らずに、驚いたが。俺のほうは、極秘任務だったしな」

　ちなみに俺の任務は、表向きは花嫁の替え玉となり殺人予告から守ることで、裏向きは縁談をブチ壊すことだ。裏の依頼主のキャロルを見れば、アーサーに寄り添って、いとも幸福そうに微笑んでいる。

「いろいろありがとう、カーマイン」

　いろいろに含みを持たせて、キャロルは礼を言った。予定の筋書きとは違ってしまったが、姫にはご満足いただけたということだろう。

「どういたしまして。姫がご無事で何より」

　肩をすくめて、俺は答える。とにもかくにも、俺の珍妙な任務は終了だ。

「私からも感謝します、ミスター・ブラッド。私たちは一時間後に改めて儀式を行います。それまでお休みいただいて、もしお加減がよろしいようなら、是非ご列席ください。お召し物を準備します」

　アーサーが胸に手を当てて礼をする。

「あ、花嫁衣装！」

　服のことを言われて、気がつく。俺はまだ、キャロルの花嫁衣装を着たままだ。しかもこの衣装で、マストに上ったり落ちたり派手なアクションをしたので、ひどく汚れて、あちこち破れたりもしている。

「大丈夫ですよ。こんなこともあろうかと、花嫁衣装はスペアを用意していますので」

　アーサーはごく簡単に言って、にっこり微笑んだ。

　こんなこともあろうかと、ってどんなことだ？　替え玉花嫁が暴れ回るような状況を、あらかじめ想定して、花嫁衣装のスペアを準備していたというのか？

「さ、こっちの手当はこんなもんじゃろ。そっちの落ちたのは、少し休ませるほうがいい。ほれ、ギャラリーは散った散った」

　船医のじーさんが横暴に手を振る。

「そろそろ、私たちは支度しましょう、キャロル」

　アーサーがキャロルの手を取って、部屋の外に連れ出す。

　まったく、ムカつくくらいにお似合いの二人だ。最初からキャロルがすんなりオーケーしてりゃ、こんな騒動にはならずに済んだというのじゃないか？

　リプトン夫妻も目を細めて、若いカップルの背中を見守りながら続く。

　そういえば、新郎方の両親は、この場にはいないのだろうか？

　俺がふと疑問に思ったとき、船医のじーさんがひょいとアカシを覗き込んだ。

「さて、ケガ人二人はおとなしく養生しとれよ。ワシもヘスタイルをセットしなおしてくるからの」

　はあ、とアカシが頷く。数少ないヘアのどこをセットしなおすのかは謎だが、とりあえずじーさんもどこかへ消えるらしい。

「何しろ可愛い孫の婚約の儀式。しかも花嫁は、ばーさん似のハネっ返りときておる。ばーさんと同じ替え玉作戦で、アーサーの愛を試すとは、まったくやってくれおった」

　白衣を脱ぎながら、じーさんはカラカラ笑った。白衣の下は、派手な刺繍を施した民族衣装である。

　つまり船医のじーさんは、アーサーのじーさんで、この派手な船を造らせ、おまけに替え玉花嫁でじーさんの愛を試したばーさんの花婿、ということらしい。

　アーサーが、替え玉花嫁に動じないどころか、スペアの花嫁衣装まで用意していたわけだ。じーさんの前例があったのだ。

「体を張ってこの縁を取り持ってくれたこと、感謝しとるよ、別嬪探偵殿」

　ドアの直前で振り返り、じーさんは俺にウィンクを一つ寄越した。頭頂部の後光を残して、退室する。

　まったく、何ちゅうオチがつくんだ、今回の依頼は。

　残された俺とアカシは、顔を見合わせて肩をすくめた。

◆

　二人きりになったところで、俺はアカシを手招きした。

「ああ、大したことないですよ、こんなの。大げさに吊ってくれましたが、痛み止めも化膿止めもいただきましたし」

　アカシは素直に寄ってきながら、吊った左腕はなるべく俺から遠ざけて立った。俺に心配させまいという、いじらしい心遣いらしい。

「アレ。アカシ、お前顔にも怪我してるぞ。そこ、赤いのがついてる」

　俺はさらにちょいちょいと、アカシを手招く。つられて顔を近づけてきたアカシの、首根っこをつかまえ、俺は深々とディープキスをかましてやった。

「……ンッ、引っかけましたね、カーマイン！」

　さんざん弄んでから放してやると、アカシは顔を真っ赤にして怒鳴った。切れ者のドクターのクセに、あっさりこんな手に引っかかるところが可愛い。

「いや、本当に赤いのがついてるって。ああ、悪ぃ、俺のルージュだったわ」

　俺は笑って、口のまわりをゴシゴシ拭った。花嫁に扮したままの俺は、真っ赤なルージュを塗ったままだ。アカシの口の回りにも、当然べったり赤が移っている。アカシもゴシゴシ、右手で口をこする。

　まあ実際は、命を助けてもらったことに対する、俺なりの感謝の表現なのである。

　が、感謝の引き替えにキスやセックスを持ち出すと、何故だか怒るので、こんな形を取ったわけだ。

　表現方法が回りくどいが、アカシが喜べば結果オーライだろう。ヤツは、真っ赤に照れながら、ちゃっかりうれしそうじゃないか。

「まったく、ハネっ返りの姫君だ。これだからあなたからは目が離せない。いくらなんでも、空から降ってくるとは思いませんでしたよ、カーマイン」

　俺にルージュをつけられたアカシは、指についたルージュをべろりと舐めた。

「おう、空から降る姫を抱き止めた勇敢な騎士に、褒美をやるぜ。恐れ多くも姫様のキスだ」

　ルージュを拭った右の手首をつかまえて、俺はまたアカシを引き寄せる。

「もう結構ですよ、こんなところで。それにあなたの口紅、やたら甘ったるい味がしますし」

　眉根を寄せて、アカシは首を横に振った。

　船医のじーさんがいつ戻ってくるかわからない状況でのキスは、アカシとしては落ち着かないのだろう。俺としては、そういうスリルが愉しいんじゃないかと思うんだが。

「菓子みたいなフレーバーが人気のキャンディ・ルージュだぜ？　滅多にない機会だ、ありがたく味わえ」

　俺は自分の唇から、ルージュを一塗り人差し指にすくい取ると、アカシの口に強引に突っ込んだ。

　指先で舌の表面を撫で、歯列の裏側をくすぐってからかう。たちまち、アカシの鼻から、甘い吐息が抜ける。

「しゃぶれよ、うまいだろ？」

　低い声で囁く。アカシは目を閉じて、素直に俺の指をしゃぶった。

　指一本でスイッチが入ってしまうあたり、免疫がなさすぎるのか、淫乱過ぎるのか、さてどっちだ。

「……膝に乗れよ、アカシ。下の口にもキャンディをしゃぶらせてやるぜ？」

　指を突っ込んだまま、耳に卑猥な吐息を吹き込むと、さすがにアカシは首を振って逃げた。

「カーマイン、こんなところで……！」

　睨んで声を尖らせるが、上気した頬や潤んだ瞳は雄弁だ。本当は欲しくて仕方がないと、顔に書いてある。

「なあ、アカシ。俺は頭を打ってる。万が一打ち所が悪ければ、脳内出血で二時間後にはあの世行きかもしれない。だったらこの一時間が最後の逢瀬だぜ？」

　俺は小さく肩をすくめて、別の理論を展開する。このロマンティックな科学者は、情に訴えると意外に弱い。

「いいえ。あなたは私が腕一本犠牲にしてまで受け止めたんです。そんなことはありえませんよ、カーマイン」

　だがアカシはキッパリ言って、俺の手を振り払った。背を向けて、ドアのほうにスタスタ行ってしまう。

「オイオイ、行っちゃうのかよ？」

　背を向けたアカシの耳の先が赤い。ちょっとからかいすぎたか。

「鍵をかけるんです」

　だがアカシはドアに錠をおろすと、またこっちへ戻ってきた。

「口ではイヤイヤ言いながら、下半身はヤル気じゃねえか、ドクター」

　俺が笑うと、アカシはまたクルリと向きを換えた。照れたのかと思いきや、薬品棚のガラス戸を開ける。

「あなたがいけないんですよ、カーマイン。思いのほか花嫁衣装が似合うから」

　薬品棚を物色するアカシの横顔に、メガネが反射して光る。

「へえ。ドクター、こういう趣味もあんの」

　ひらひらした赤い裾を持ち上げてみせると、アカシはこちらを振り返り、中指でメガネを押し上げた。

「ええ。あなただったら何でもありです」

　こういう場面で開き直ると、コイツは妙な迫力を帯びる。

　アカシは薬品棚からチューブ容器を一本選び出すと、ベッドの脇に腰を下ろした。

　ギシリとベッドが軋み、俺は何となく身の危険を覚える。相手は片腕を吊っているというのに、自分が女装しているせいだろうか、まるでお医者さんごっこの患者役にでもなった気分だ。

「開けてください、カーマイン。医療用のゼリーです。時間があまりありませんから、潤滑剤に」

　俺にチューブ容器を渡して、アカシは真顔で言った。これじゃまんまお医者さんごっこだ。

　言われるまま、チューブ容器のフタをねじって開ける。たしかにこの動作は、片手では無理だろう。

　俺がチューブを開けている隙に、アカシは片手で俺の花嫁衣装の裾をめくった。下着の中に手を入れて、金糸の刺繍を施した赤い裾から、俺のペニスを引っぱり出す。

「脱がなくて、いいのかよ？」

　ニヤニヤしながら確認する。

「時間がありません。花嫁はスペア衣装をお持ちのようですし」

　アカシはまるで医者の診療のようにポーカーフェースを保っているが、黒い瞳の奥に抑えきれない情欲の揺らぎがある。

　要は、花嫁衣装の俺とヤる、貴重なシチュエーションを愉しみたいのだ、このスキモノめ。

　俺の視線から逃げるように、アカシは背を向けた。カチャカチャいう金属音は、器用にも片手でベルトとホックをはずしたらしい。立ち上がると、ストンとズボンが床に落ちる。

　さらに下着と靴を脱いで、アカシはベッドに上がり込んだ。上半身はシャツにネクタイを締め、下半身は風通しよく、さらに左腕を吊っているという格好で、俺の膝をまたいで膝立ちする。

「カーマイン、ゼリーを」

　アカシが差し出した手のひらに、チューブからゼリーを絞り出してやる。

　ぬとりと、アカシはゼリーまみれの手のひらで俺のペニスを包んだ。指を絡ませて、上下に塗り広げる。指の間からあふれたゼリーが、湿った音を響かせる。

　俺は自分の中指にもゼリーを絞った。透き通ったゼリーは、人肌には少し冷たい。それを、後ろからアカシのケツにも突っ込んでやる。

「ア」

　アカシは喉を反らして、俺の中指をキュッと締めた。指の第二間接を曲げてくねらせると、途端に前がビクンと反応する。

「ダメです、抜いて、カーマイン！」

　悲鳴を上げて、アカシが俺の肩口に倒れ込んでくる。片腕を吊っているので、アゴを俺の肩に引っかけるだけのアンバランスな姿勢だ。俺をまたいで膝立ちしているため、逃げることもできないらしい。

「へえ、抜くの。何で？」

　指を中に突っ込んだままで、俺は意地悪く聞き返す。

「ゆ、指じゃなくて、あなたの……が、欲しい」

　ゼリーまみれの指で俺のペニスを握りながら、アカシが懇願する。羞恥に言いよどんだ箇所で、中がヒクンと反応する。

「好きにしろよ、ドクター。患者の俺は安静にしてるぜ？」

　囁くと、アカシは困ったように俺の顔を見た。俺の指は動かさない、となれば、あとはドクターが自分で動くしかない。

　おそるおそる、アカシが腰を動かす。指が抜ける感触を眉を寄せて耐え、かわりに俺のペニスをあてがい、体重をかける。

「……ン」

　アカシが苦しげに鼻を鳴らす。それでもまだ、先端も呑み込めていない。

「そんな浅くてイイのか？」

　自分から乗っかったくせに、アカシにはそこが限界らしい。俺の首に片手でしがみついたまま、いやいやと首を振る。

　俺はアカシの腰をつかんで、一気に奥まで沈めた。俺のペースで焦らすのは得意だが、上に乗られた状態で焦らされるのは主義じゃない。

「ふ、ア、アッ！」

　声を上げて、アカシが仰け反る。中がギュウッと締め付けてくる。

「静かにしろよ、外に聞こえる。あとは自分で動け」

　耳元に囁きながら、俺はつかんだアカシの腰を軽く揺さぶった。ゼリーで潤った内部が、グチュグチュと音を立てる。初めて見る薬品棚からこんな潤滑剤を見つけ出してくるあたり、さすがのチョイスだ。

「ン、ウ、ン……ァア」

　言われるまま、アカシが俺の首にゼリーだらけの右手でしがみつきながら、腰を動かし始める。上下に、らせんに、くねらせるように。俺が花嫁衣装で、アカシがスーツで、こういう体勢というのはなかなか新鮮だ。

　必死に声を殺し、荒くなる吐息の合間に、アカシの唇が何かかたどる。Ａの母音から、Ｎで終わる。おそらく、俺の名前。口を結んでいるほうがよっぽど楽だろうに、どうしても俺を呼びたいあたり、可愛いじゃないか。

　半開きの唇の中で、赤い舌がヘビのようにうごめく。ヘビの舌は、やがてチロチロ外を覗くようになり、ついには俺の目玉をベロリと舐めた。

「い？」

　驚いて、俺は思わず間抜けな声を発した。

　セックスの経験は人一倍豊富どころか百戦錬磨のつもりだが、最中に目玉を舐められらのは、不覚にも初めてだった。しかもそれを、経験値の低いドクター・アカシにやられるとは。

　アカシの舌は、俺の目玉の表面に飽きたらず、這い回ってまぶたの裏側にまで入り込もうとしてくる。

「ヤ、メロ」

　俺は目を閉じて、目玉をかばった。俺が攻められる側というのは、どうにも落ち着かない。

　反撃に、腰を使って下から突き上げてやる。軽く二、三度突くだけで、アカシはもう平静でいられない。内部がビクビク過敏に収縮する。

「ア、カー、マイン、ン、はっ、アァ……ッ」

　俺の首にしがみつき、中はキュウキュウにくわえこんだまま、アカシはイッた。

「ったく、どうすんだよ、この衣装」

　借り物の衣装に一応の気を遣って、俺はアカシの中に出したわけだが、かわりに花嫁衣装はたっぷりとアカシの白濁にまみれた。どうせ処分する衣装ではあるが、これはいくらなんでもヤリすぎだ。

　だがアカシは、俺の耳元にとんでもないことを囁いた。

「……洗って、記念に持ち帰りましょう。この衣装、あなたによく似合いますから、カーマイン」

　時々うっかり忘れるが、この男は俺の想像を超えたド変態なのだった。

◆

　空も海も黄金色に輝き、逆光に寄り添うカップルのシルエットは絵のように美しく、最初からこの時刻を狙っていたのではないかと思われるほどだ。

　身代わりではなく本物の花嫁・キャロルは、さっきまで俺が着ていたのと同じ、東洋の花嫁衣装に身を包んでいる。赤い花弁のように布を重ねて肌を隠した衣装は、いつもロックなドレスとは印象がまったく違うが、意外に彼女によく似合っていた。

　身代わりの任務を終えた俺は、甲板の儀式場ではなく、船室の観客席から窓越しに眺めている。

　衣装はまたしても借り物で、それほど派手ではないが黒地に金糸の刺繍を施した民族衣装だ。顔の化粧は落として、男前のなカーマイン様に戻っている。

「こうして見ると、本当に美しいですね『鳳華』は。夕陽の赤い光が、よく似合う」

　俺の横には、アカシがいる。ジャケットを脱いで、片腕を吊ったままだが、服装にも髪型にも隙がない。よくアノ後の短時間で、片手で身支度を整えたものだと感心する。

「不思議ですね。花なんて、すぐに散ってしまうものなのに、ああして琥珀に囚われたことで、その姿形を永遠に残している。あのつぼみはその花弁を開ききる前に、琥珀に誘惑されて、時を止めたのですよ」

　花婿の手の中で「鳳華」が夕陽を反射して金色に輝く。抱きしめた花嫁の腰に、その琥珀は贈られた。花婿が花嫁に囚われる、チャン家に伝わる婚約の儀式だ。

「なるほど、琥珀なんて地味な石だとばかり思っていたが、そういう見方もあるんだな」

　アカシは科学者のくせに、ロマンティックな男なのだ。

「私は、琥珀は好きな石ですよ、ずっと」

　俺の耳元に、アカシは何故か恥ずかしそうに囁いた。

「だって、あなたの瞳と同じ色ですから、カーマイン。その瞳に映す者を誘惑して、囚われの虜にしてしまう」

　俺に向けられたアカシの視線は、ためらいながらも、疼くような熱っぽさを帯びている。要は、さっきと同じ、俺が欲しくてたまらないという目。

　コイツ、涼しい顔して、俺の目ン玉までセックスの対象として見てやがるのか、ド変態め。

　俺は熱視線を向けてくるアカシの顔をグーで押しやり、今後は最中には目玉にも気をつけようと肝に銘じた。

　甲板の儀式場では、キャロルとアーサーの足元でドーベルマンのイーグルがさかんに尻尾を振っている。今回のバカバカしい婚約騒動、どうやらイーグルだけは、最初から結末を冷静に予測していたようである。