双頭の鷲の城を探して深い森をさまよい歩く、幼い頃の夢を今も見る。昼間でも暗い森。痛む矢傷。細々と続いていたはずの道を見失い、途方に暮れる。

　見上げれば、木漏れ日が宝石のように輝いているが、はるかな高みに手を伸ばして届くはずもない。

　助けを呼ぼうと、誰かの名を口にして、夢の中のローデリヒは気付く。

　自分はもう、あの城には帰れない。あの城を追われたのは遠い昔。たとえ道がわかっても、もう帰れないのだ。

　目覚めれば、伸ばした手は夜の闇を探るだけ。

　未練がましく差し伸べられた己の手に、ひっそりと一人苦笑する。

　幼なじみと別れ、森から街に住まいを移したローデリヒは、今は一人でいろいろなことができるようになった。

　野蛮なことは昔から嫌いだし、剣を扱うのは相変わらず不得手だが、家紋を刻んだ指輪は数多の国々と縁を結んできた。ローデリヒの好むと好まざるとに関わらず、国はそうして変わりゆき、時の移ろいを受け入れる他にない。

　そして時が経てば、ローデリヒはまた一人になる。国とはそういうものなのだ。

　民族や文化や価値観の相違から生まれた人格、それが自分。ならば国が永劫一つに溶け合うことは、消滅に他ならない。

　互いの手を取り、口づけを交わし、たとえ肉体をつないだとしても、いつかはまた離れて遠ざかる。

　己が国として存在する限り、この孤独は続くのだ。

　それでも道に迷うたび、伸ばしたその手を握り返す誰かを、ローデリヒは待っている。

◆

　顔を上げると、ルートヴィヒが眉間にしわを寄せて立っていた。

　ローデリヒとルートヴィヒは、上司の命令で同居を始めたばかりだ。ローデリヒが居候の立場で、地理に慣れぬせいか、よく道に迷う。

　今日も、道に迷って道端のベンチで休んでいた。

「私を探しに来たのですか？　ルートヴィヒ」

　ルートヴィヒの上司に同居を強いられたとき、ローデリヒは抗わなかった。

　国益のために争い、逆に寄り添い、そしてまた離れるのは、繰り返される単純な歴史だ。ローデリヒの生きる長い時の流れの中では、束の間に過ぎない。

　世界的な情勢から見て、若いルードヴィヒは躍進的に力をつけて台頭し、かつての力を失いつつあるローデリヒには他国の力が必要だった。

　ルートヴィヒとは遠い血縁もあり、ローデリヒ自身の個人的な感情で言っても、嫌いな男ではない。むしろ勤勉で実直、明確な目標を掲げ邁進する姿勢は理解しやすい。

　他国の支配を受けるのは不慣れだが、この男とならやっていけるだろう。抗わず従うのが、ローデリヒの選択だった。

「上司の命令で、私を追って来たのなら、私は別に逃げたりしませんよ。少し、道に迷っていただけです」

　だから、いちいちルートヴィヒが追って来る必要はない。

　言葉は選んだが、ローデリヒの本心である。従うと言った以上、態度を翻すことはない。己の選択を貫くのが、ローデリヒの潔さだ。

　だがルートヴィヒは、困ったような表情で頭をかいた。

「いや、命令ではないんだが」

　照れたような顔にも見える。そんなことを言われるとは、思いもよらなかったと言った風だ。

「……そろそろ夕食の時間だ。揃って食べないと、食卓が片づかん」

　ボソボソつけ足されたきわめて所帯じみた理由に、今度はローデリヒが思いもよらない顔になる。

「夕食、ですか」

　おうむ返しにしながら、どんな表情をしていいかわからない。

　これまでに、ローデリヒは様々な国と縁を結んできた。だが、別々の家に住むか、相手がローデリヒの家に身を寄せることが多く、逆のパターンはあまり経験がないのだ。

　ハンガリーとは永らく一緒に暮らしたが、彼女はローデリヒの帰りを待っていた。どんなに遅くなっても、彼女は辛抱強く待っていた。

　けれどルートヴィヒは。

「帰ろう、ローデリヒ」

　ローデリヒにその手を差し伸べる。

　夕食を一緒に食べるというささやかな目的のために、街中ローデリヒを探し回ってまで。

　高い位置からまっすぐ見下ろしてくるルートヴィヒの瞳は、宝石のように眩しい。既に日は沈んでいたが、ルートヴィヒの瞳には澄んだ空の青をたたえているようだった。

　その輝きは、幼い頃に迷いの森で見た木漏れ日に似ているが、手を伸ばせば届くほどの高さで。

「ええ、ルートヴィヒ」

　微笑んで、ローデリヒはルートヴィヒの手を取った。