「あ、ローデリヒさん。こちらのベッドへどうぞ」

　星明かりの中、あまり丁寧ではないベッドメイクをしていたフェリシアーノが振り返る。彼の笑顔は、薄闇でもまるで光をまとったように明るい。

「ごめんなさい。ベッド一つしかないから、いっしょに寝てもいいですか？　ローデリヒさんをソファに寝かせるわけにいかないし」

　屈託のない笑顔で言われた台詞に、ローデリヒは眉間にしわを寄せる。

　たしかに遠征中の身、本来なら野営で眠るはずの予定だった。思いがけず、フェリシアーノがローデリヒ側についたおかげで、戦は終わり、こうして天蓋付きの羽布団に眠ることができる。

　フェリシアーノには、感謝している。が。

「私にそういう趣味はありませんよ！　だいたい、あなたは何故裸なんですか。服を着なさい、服を！」

　無邪気なフェリシアーノは、ローデリヒを全裸でベッドに誘っていたのである。

「あ、ごめんなさい！　だって僕、寝るとき裸だからー」

　怒鳴られて、フェリシアーノはベッドの陰に逃げ込んだ。全裸のまま丸くなり、ローデリヒの折檻に備える。

　ローデリヒは眉間のしわを指で押さえ、小さくため息をついた。

「フェリシアーノ。私はもうあなたを投げたり踏みつぶしたりできませんから、出ていらっしゃい」

　フェリシアーノに限って、他意がないのはわかっている。男女の判別もつかないほど幼い頃から、召使いとしてそばに置いてきた。フェリシアーノに接するとき、ローデリヒは教師のような、あるいは父親のような気持ちになる。考えが浅はかで食いしん坊だが、心根は素直で純粋な子なのだ。

「ローデリヒさん、ごめんなさい。でも僕、服ないですー」

　ベッドの向こうから半泣きの顔だけ出して、フェリシアーノが言い訳する。くるんと巻いた髪が不安そうに揺れている。

　ローデリヒがつい彼を強く叱りつけてしまうのは、昔から抜けない習慣だ。そしてフェリシアーノが極端に怯えるのも、幼少時のトラウマに由来する。

「フェリシアーノ」

　ベッドの陰から出てこないフェリシアーノに、ローデリヒはなるべくやさしく呼びかけた。

「今からアントーニョのところに行ってもいいんですよ。本当は、ロビーノと兄弟で暮らしたいのではないですか」

　ちびだったフェリシアーノはのびやかな少年に育ち、支配者だったローデリヒにはもうあの頃ほどの力はない。

　もしかしたら孤立したローデリヒを見限り、アントーニョのもとへ行くほうが、フェリシアーノには幸せかもしれない。アントーニョのもとには、フェリシアーノの兄・ロビーノもいる。

　だがフェリシアーノは、ぶんぶんと首を真横に振った。

「いやです。僕は、ローデリヒさんといたいです」

　ベッドの陰から飛び出して、ローデリヒの腕を取る

「ローデリヒさんのピアノ好きだし、お菓子も美味しいし、小さいときはいっぱい叱られたけど、本当はすごくやさしいし。僕、ローデリヒさんが好きです！」

　まっすぐ見上げてくるフェリシアーノに、ローデリヒはどんな顔をしてよいかわからない。

　人に面と向かって好意を伝えられる素直さは、この子の長所だ。戦場でも、迷いもためらいもなくローデリヒの胸に飛び込んで来た。好きだという感情に邪な下心は含まれず、相手も自分を受け入れてくれると信じて疑わない。

　ローデリヒにとって、太陽のように温かく、眩しい存在。

「ああもう、わかりましたから。とにかく服を着なさい、フェリシアーノ！」

　問題があるとすれば、全裸のまま人に飛びついてくるという行儀の悪さだ。

　一喝して、フェリシアーノの頭から寝間着をかぶせる。ローデリヒの替えの寝間着で、フェリシアーノにはサイズが大きいが、全裸よりははるかにマシだろう。

「ヴェ〜。ローデリヒさんて、戦場にも寝間着持ち歩いているんですか？」

　襟から頭を出し、余った袖先をぶらぶら振りながら、フェリシアーノが首をかしげる。胸元のボタンを自分で留める気はないらしい。

「眠っているときには汗を多くかくものです。昼と同じ服や、裸で寝るのは不衛生ですよ、フェリシアーノ」

　ワンピース型の寝間着の前ボタンを留めてやりながら、ローデリヒは小言を言う。

「はあい」

　フェリシアーノの返事の仕方は、ちびの頃とまるで同じだ。声だけは男の子らしく低くなったが、ローデリヒとの関係はちっとも変わらない。

「では休みましょう、フェリシアーノ」

　一緒のベッドで休むということには、既に観念したローデリヒである。先にベッドに入り、掛け物の端をめくってフェリシアーノを迎えてやる。

「はい。おやすみなさい、ローデリヒさん」

　フェリシアーノはうれしそうな笑顔を見せ、遠慮なくもぞもぞ潜り込んでくる。仕草は幼い頃と変わらないが、体は大分大きくなっているため、いざベッドに納まると男二人では相当狭い。

　そのうえ、フェリシアーノの大きすぎる寝間着はほとんどすっぽ抜けそうになり、裾は股までめくれ上がり、ボタンを留めているのに襟元からは鎖骨も乳も覗き放題だ。

「こら、きちんと着なさい」

　ローデリヒが叱って裾を引き下ろすが、フェリシアーノはまるで気にしていない。もともと裸で寝ようとしていたのだ。

　そしてベッドに入るなり、手足を伸ばして天下泰平の寝息を立て始める。

「もう、眠ったのですか？　フェリシアーノ」

　呼びかけても返事はない。ローデリヒは呆れて小さく肩をすくめる。

　聞こえてくるのは、無防備な深い寝息。まだ成長期の体の甘い匂い。微笑みを浮かべた健やかな寝顔。

「まったく、起きているときはうるさいですが」

　フェリシアーノの寝顔を覗き込んで、ローデリヒはそっと呟く。

「あなたの寝顔はまるで天使ですよ、フェリシアーノ」

　ローデリヒは眠る天使の額にキスをして、その傍らに身を横たえた。