いきなり何かと申しますと、もともと語りたいくらい好きな作品だった上に、先日ものすごくマイナーなところで（読者数数えるほど？の学内誌です）酷評されていたので、何となく反論したくなりまして。って、こんなところで反論しても仕方がないんですけども。最初からナウシカを期待した人にゃー千と千尋の良さはわかるまいbyラピュタ派。教科書的教訓はあの世界に一つもないし、千尋の成長も悪い子が良い子になったという次元の問題ではないんじゃあ。

　あ、今更ではありますが、ネタバレです。これからレンタルやＴＶで見るんだーという方はご注意くださいませ。

１．マニアック

　いきなりマニアなところから入ります。私はこの、マニアックな世界観が好きです！　神様が集う不思議の街、湯屋の仕掛けいっぱいの構造、性格どころか存在自体が突飛で個性的なキャラクターたち。

　たとえば「ドカーンバキーン」ってな大迫力のアクション映像が好きで映画を見る人がいますが、私が映画を見る理由はどちらかというとこういうそこまで作りこまなくてもいいだろうというマニアックな設定にゾクゾクしたい、なのです。

　人間が入れない神様専用のリゾート地（むしろ歓楽街）。看板の一つ、貼り紙の一枚、奇怪な通行人の姿に至るまで、ワクワクするのような別世界が組み立てられています。レバーで動く木製？エレベーターのシーンなんか、それだけで大興奮。ラピュタの、石をはめるとパズルのように開く扉とかにもワクワクしたのですが、今回はゴム動力？のお湯札のシステムとか、より具体的な構造を想像しやすかったのがまたグーでした。

　何でしょうねえ。別にメカフェチとかのつもりはないのですが、こういう設定が細かく描き込んであると、異常にワクワクしてしまうのです。男の子がプラモデルとかいじって楽しいのに近い感覚ですかねえ？　これはもう、完全にマニアックな趣味だと思いますが。

　何度も繰り返し見ると「こんなところにこんな貼り紙が！」「何だこのケッタイな通行人キャラは」とか非常に楽しめます。ただの背景でも、たとえばラストのブタ当てシーンでカエルだけジャンプのタイミングが微妙にずれていたりとか、必ずどこかに仕掛けがある遊び心が本当にマニアック。

２．キャラ

　さて、８０％の魅力と申し上げたキャラですが（笑）まずはやっぱりハクでしょう！　和風美少年はいいっすねえ〜。美形だし、凛々しいし、やさしいし。突然「私のことはハク様と呼べ」突き放してみたりするし、その後でメチャクチャやさしくしたりするし、流血してボロボロに痛めつけられて苦悶したりするし（笑）おねーさん辛抱たまりませんのことよ。あんまり辛抱たまらなくて、爛れたハク陵辱ＳＳを某所に投げたとか投げたなかったとか。何て罪な美少年。（いや、犯罪者は私のほうですね）

　ハクが千尋におにぎりを食べさせるシーンは本当〜〜〜に好きでして。「千尋の元気が出るようにまじないをかけて作った」って、ハクが握ったんですか？　あの華奢な手で？　と、喜び勇んでＤＶＤ予約特典のおにぎりフィギュアもＧＥＴしてみたんですが……宮崎監督、とりあえずこのおにぎり美味しそうじゃないっす。形悪いし、お米も潰れてるし（苦笑）っつか、何に使うねん、このフィギュア！

　そして、千尋と別れるシーンが「きっとまた会える。さあ行きな。振り向かないで」最後まで本当にやさしくて、切ない。だってもうハクの本体は人間の世界にはないのに、きっともう会えないのに、千尋を送り出すために笑って。二人の手が離れた後、ハクの手が数秒宙に残っているのには胸キュンでした。

　ハク、どこかでまた千尋に会えるといいなあ。しみじみ。

　と、主人公・千尋。この子、微妙に不細工系で可愛くはないんですよねえ。でも冒頭の無気力な表情から、物語が進むにつれて一生懸命な喜怒哀楽が顔に表れてくると、どんどん魅力的になってくる。ラストシーンの頃にはあの驚異的な大きさの涙を含めて、千尋が可愛くて仕方がない。

　そう賢くもないし、ドジであまり要領が良くないところにも、逆に親近感が湧きました。宮崎作品の典型的な理想女性ってあんまりスキじゃないことが多いもので。

　靴を取ってくれたススワタリに手を振る場面、腐れ神を一生懸命もてなす場面、はんこについてた虫を踏み潰す無知の強さ、銭婆を訪ねて電車に乗っているときの凛々しい表情。いいっすねえ、うん。

　リン。この映画でいちばんのオトコマエ。気風が良くて、チャキチャキしてて、頼り甲斐があって、見ていてとにかく気持ちのよいキャラでした。センとのコンビが絶妙。腹かけの背中、色っぽいし♪

　釜爺。随所のハイカラなセリフが大好き。「愛じゃよ、愛」とか。このひと、いい人ですよねえ。いや、人じゃないような気はしますが。ルックスだけだとホラー映画。まあ、この映画自体ホラーのような気がしますがね。両親がブタになるシーン、湯屋一同と神々の姿、カオナシの暴走、どれをとってもホラーでしょう。見返してつくづく、怖いっす（笑）

　湯婆婆。この人もただの悪い人じゃなくて、一本通った湯屋の経営者なところが好きです。フリフリペチコートを見せてのアクションとか、カオナシに波動拳？食らわせるところには大爆笑。結局勧善懲悪の１００％悪人は出てこないところが好き。

　カオナシ。センのストーカー（笑）「カオナシはみんなの中にいます」ってさらっとこういうキャラを出してくるところが、すげえなあと思います。普通の物語だったら、ただの悪役になっちゃうところですがね。それがないからこの映画は好き。

　坊。ねずみになってからがメチャクチャ可愛い。画面の端で物語に関係ない動きをしているのが歯噛みしたくなるほどラブリー。

　ススワタリ。食事がコンペイトウなところがナイス。千尋のことを好いているのが微笑ましい。うーん、どの役をとっても、それぞれに個性的で味わい深く、温かい。

３．テーマ

　今回、何が良かったって、テーマです。

　正直言ってしまいますと、宮崎作品の従来のイメージだった「自然を守ろう」には何となく反発してしまうのです、私。もちろん、自然を守りたくないとかそういうことではなくて、むしろたまに近代的な都心に出ると落ち着かない東京の田舎暮らしでもありますし、地球壊してるよなーとゾッとすることはあるのですが。

　じゃあ、悔い改めて今すぐ破壊活動を止めろと言われると、無理。どっぷり、文明に浸っちゃってますからねえ。今の生活を、娯楽を、明日の地球のために捨てることは出来ない煩悩のカタマリ、骨の髄まで俗物です。

　それに、今の文明の発展は人間と言う生き物が自分たちが生きるために必死に足掻いてきた結果。だとすれば、それが原因でいろいろ巻き添えにして滅びるのもまた人間という生き物の宿命なのかなあと。（いや、そうならないように頑張っているのでしょうが）生きるってたぶん、きれいごとだけじゃない。

　というようなヤツなので、文明を人間の愚かさの象徴のように描かれてしまうと、つい反発してしまうのです。愚かで結構、俺たちゃそういう存在なんだから説教垂れるな。自分が何者であるかもわからず、非難ばかりするほうがよっぽど情けない。（そういう意味では、冒頭の20分の映像美のみを評価している「もののけ」のラストのセリフ「サンは森で生きろ。オレは人と生きる」うろおぼえですが；には納得したものです。文明人がいまさら森に帰れるもんか）

　っと、だんだん過激になってきた(^^;自分が何者であるか、というのは私が創作をするいちばん根源の部分でもありますもので、つい。えーと、実はそういう私自身が、自分という存在に自信を持てなくて、他人とのギャップを前にときどき前に進めなくなる人間なのです。深刻な意味じゃなくて、別に好きで生まれてきたわけじゃないし、私は生きていていったい何をすべきなのだろう、と思う瞬間があるというか。（そういうのって、普通はあんまりないのでしょうかね？）

　そんなわけで、私はもともと宮崎映画はとくに好きではありませんでしたし（周囲の人間が好きなので見てはいるのですが）、前作がまったく好みではなかったので、千と千尋の神隠しにはまったく期待していなかったのですが。

　はい、脱線しました。千と千尋のテーマ「生きる力」でしたね。

　キャッチコピーにあった、千尋が「生きる力」に目覚めていく、という物語はまっすぐに私の琴線に触れてくるものでした。「生きる力」が何かは人によって感じ方が違うと思いますが、私は「自分自身と、本当の望みが何であるかを知っていること」と感じました。

　不思議の街での小エピソードは三つ。「腐れ神」「カオナシ」「ハク」これらが「千尋の成長」の大エピソードに関わって来ます。私にはそのいずれもが「本当の自分自身を取り戻す」エピソードの繰り返しのカタルシスでした。

　まず最初に、千尋は湯婆に名前を奪われます。「名を奪われると帰り道がわからなくなる」これも面白いモチーフだな、と今になって思います。名は呪といいますが、名前は存在の輪郭を作る最初の呪。「セン」という名前で「油屋で働くちっぽけな人間の子供」という存在として千尋は縛られることになるわけです。

　翌朝、ハクに本当の名前を教えられて「危うくセンになりかけてた」思い出します。そしておにぎりを一口食べて、不意に涙があふれてくる。これはたぶん、現実世界にいた頃にはあまり意識したこともなかった、千尋という存在、生命の望み。生きるために、ご飯を食べる。ごく当たり前のことですが、境界のあやふやな概念ではなく、まさに腹の底から、千尋が本当の自分という存在、命のありかに気付く印象的な場面でした。眠っていた本当の自分、を取り戻しはじめるきっかけですね。

　実は、私の泣きポイントは何と言ってもココでした。ハクはやさしいし、おにぎりは美味しいし。（いや、自分では食べてないんですが、実に美味でした）心身疲れ果てた空腹時に食べる、母親の手料理の美味しさというんでしょうか。ああ私は大丈夫、生きていけるというような？カタルシスを覚えました。

　そして腐れ神・本当は公害で汚れてしまった川の神様が油屋に来るエピソード。ドロドロに腐り、ごはんも崩れる異臭を放つ腐れ神が、千尋と油屋一同のもてなしで、文字通り世俗の垢を落として「善哉」カラカラ笑いながら帰っていく。自分の心のおりも落ちるような爽快な場面です。

　人が汚したものを、どこかで誰かが浄化している。しかも「浄化」なんて殊勝な観念ではなく「大儲けだよ」商売感覚で。肩肘を張らなくたって、世界はどこかでしぶとくバランスを取っているのでしょう。

　腐れ神の正体が川の神＝ハクと同じだったのも、後ほどの伏線かと思われます。ハクに至っては、腐るどころか埋め立てられてしまったんですけどねえ。

　一方カオナシは、その名の通り、自分の本当の顔がない存在です。食いたい、淋しい、といった表面的な欲求（或いは世間一般的な欲求）はあるのですが、本当に自分が欲しいものではないから、いくら食べてもちやほやされても、満たされない。他人の価値観がそのまま自分にも当てはまるはずだと、苛立っている。

　だから、他人とは違う千尋のはっきりした価値観「いらない」にぶつかり、「私の欲しいものはあなたは絶対に出せない」言われてしまうと、「セン欲しがれ！」と荒れ狂うしかできません。物と情報が氾濫する中、何が自分の望みなのか幸せなのか判断ができず快楽と思われるものをとにかく貪ろうとする姿は、宮崎監督の意図どおり現代人そのままに見えます。（そんでこういう人たちが、一般と違う少数派の価値観を蔑視したり、排除しようとするんだ、どういうわけか）

　湯婆婆の力技も通用しないカオナシに対抗する武器は、川の神様のくれた「にがだんご」。効用はいたってシンプル、自分の中の異物＝自分のものではない価値観を吐き出す、それだけです。カオナシも吐いて吐いて吐いて、すっきりスマートになって、きっとこれからお面じゃない自分の顔ができていくんでしょうね。

　クライマックスは、ハクが自分の名前を取り戻すエピソード。見せ方の描写重視で物語そのものはあっさりでしたが、裏の裏を考えてみると結構怖いお話になります。

　ハクは湯婆婆に弟子入りしていた、ということは、魔法の力を得ようとしていたわけですよね。何のために？と考えると、ハクの未練はきっと現世での埋め立てられた自分の本体＝琥珀川。もしかすると埋め立てた人間に復讐を、そこまでは行かずとも、琥珀川の復活を魔力で実現させようとしていたのかもしれません。そういう暗い情熱を支えに、湯婆婆の下で「ヤバイ仕事」をやらされ続けてきたのだとしたら。本当の自分を思い出したハクは……この後どうするのでしょう。

　自分の名前を失っても、千尋のことは不思議に覚えていました。エンディングの最後に川を流れる赤い靴が映りますが、ハクが千尋を覚えていたきっかけは、きっと千尋の靴です。千尋が溺れたときに流された靴は、今では琥珀川の埋立跡に一緒に埋まっているのでしょう。というか、千尋の靴も、いわば琥珀川を埋め立てた人間の仕打ちの一つです。にも関わらず、ハクはとっさに千尋を助けようとして「愛じゃよ、愛」な絆を結ぶまでにいたる。

　本当の自分を思い出しても、ハクはもう、人間に魔力で復讐したり、琥珀川復活なんてことは考えないでしょう。現世への未練を抑えて、不思議の国からひっそり千尋の幸せを願ったりするのかしら（乙女系妄想？）すると結構、なあなあです。いい加減です。敵味方もないし、善悪もないし、偶然のめぐり合わせだけで動いています。

　その場その場で、自分の形や輪郭さえも変えていく、そんな世界です。それでも、その瞬間に自分が何者なのか、本当の望みは何なのか、登場人物たちはそれぞれ自分の価値観で真剣に考えて、身体を張っている。

　そして千尋もまた、不思議の世界に残るのではなく、ブタになったどうしようもない両親とともに現世に帰ることを選びます。そこが千尋の居場所でないことは、結局最初から最後まで明確なライン（ファンタジーのお約束）だったのでしょうね。現世に帰ってみると、両親は何も憶えていないし、車にはまるで数日放置したかのように落ち葉や埃が積もり、神隠しの不思議が千尋を煙にまきます。

　飛び込んだ当初は、まったくからくりの見えなかった、登場人物が異界の化け物にしか見えなかった不思議の国。けれど物語が進むにつれて、次第に登場人物たちの輪郭が浮かび上がり、大団円では千尋、ハク、湯婆婆、坊、リン、登場人物一人一人の表情からその気持ちが手にとるように伝わってきます。にもかかわらず、ラストでその輪郭はまた曖昧に溶ける。これが答えとか、こうあるべきだったんだとか、絶対的なものは何も残りません。

　けれど千尋は、たしかに変わりました。本当の自分と、本当の自分の望みを見つけられるということは、どこにいてもどんなときでも、自分が幸せになれる方法を見つけられるということ。当たり前のことなんですけどね。銭婆にもらった髪留めが、その唯一の証です。ご飯を食べること、働くこと、誰かを守りたいと強く思う気持ち、生き物の本能的から来る欲求のために体が動くということ。自分の中に生命の証が湧き出してくる瞬間は、それだけで幸せです。

　大丈夫、私は私として生きていける。生きていればきっといつか、自分の存在している意味がわかることもあるかもしれない。……ま、こういうヌルイことを悩むこと自体、病んだ現代人の証なのでしょうがね。こういう見方をしていたので、エンディングの「いつも何度でも」の歌詞が泣けたこと。

　さて、すっかり長ったらしく説教臭くなってしまいました（苦笑）こりゃー絶対、ナウシカの100倍説教臭いって！　しかも長いよ、ＤＶＤ買ってから2週間、ずっと書いたり削ったりグダグタしてたろ。自覚してます、すみません。こういうテーマを描く方がいらっしゃることが、とても嬉しかったもので。っつか、こういうテーマが大ヒットしていること自体がちょっと不思議だったりもするのですが。私のこっちサイドの琴線に触れた作品って、まずヒットしないもので（笑）（売れる映画は大抵、愛とか友情とか、自分の外に絶対的な正解があるように思われます）他の方と私の感じ方が大分違っているのかしらん。

　長々グダグダ管を巻きましたが、重ねて告白しておきます。私は宮崎（＆ジブリ）作品の中で「千と千尋の神隠し」が一番好きです。きっと宮崎映画に上質な作品として感動することはあっても、胸にひっかかって何度も反芻することはないんだろうな、と思っていただけに、嬉しい作品でした。

　ちなみに二番は「天空の城ラピュタ」こっちはＤＶＤまで買ってませんけどね。あのマニアックな世界観と、最後には崩壊する文明の潔さがロマンなのじゃ。