2022

　2020年度の全公演がコロナで中止になって、リベンジのミス・サイゴン。とは言え、私は好きな演目ではなかったので、それほど乗り気ではありませんでした。事前のチケット予約は帝劇で3回、地方公演は長野と博多だけ。（私が駒田さんの地元・名古屋に行かないのは珍しいです。バディミのイベントとぶつかってたからね！）

　が、8/7に初見したら（7/24のプレビューはコロナで中止になったんですorz）、アレ、今回は不快感がない……！？　序盤のキムとクリスが恋に落ちるあたり、ベタベタいやらしく触って、息継ぐ間もなくチューして、頭の悪い若い男女が盛って（暴言）不快感があったのですが、今回演出は恋愛描写抑え目。どこがどう違うと言えないボンヤリ観劇ですが、ネットで「キムの夢ってなに？」議論を見かけ”希死念慮”の概念に辿り着く。（バディミのモクマさんで体得した概念）キムもクリスも、希死念慮を抱く同志で巡り会ったのだと思ったら、ラストの選択まで理解できました。

　前回演出までは、キムとクリスは「寝たら相性が良かったので恋に落ちた」ミもフタもない印象でしたが、今回は少し違いました。

　キムの演出はそう変わらないのですが、ドリームランドで歌う「映画は夢」の歌詞の理解がネットの議論のおかげで深まり、今回印象が変わったんですね。お店の女の子の自己紹介コーナーでエンジニアに「何か言え！」と言われて（なお、東山エンジニアは言ってませんでした。これ言うの駒田エンジニアだけ？）「田舎から出て来て、今日初めてお店に出る、映画のような恋や贅沢な暮らしを夢見る女の子」という”設定”をキムが歌ったのだと思い至ったのです。随所で「探そう夢」「私の夢、壊さないで」とキム自身の夢ではない、もしくはそんな夢が現実的でないことはわかっている、そんな歌詞が見受けられます。エンジニアや他の女の子たちのように、GIと寝たらアメリカに行って幸せになれるなんて単純に信じられない。けれど無理に信じようとしている。

　恐らく、キムの家は田舎の農村「アメリカなら何でも夢がかなう。映画のような恋、贅沢な暮らし」と親兄弟も無邪気に信じていて、けれど現実の戦争で家を焼き払われ、アメリカを信じていた両親は死に、キムは絶望の底。後でクリスに告白する「死んだほうがいい」が本当の本音。それでも、キムを逃がしながら「お前は幸せになって。夢をかなえて」という親の遺言に沿うため、必死に夢らしきものにすがって生きようとしている。

　冒頭のクリスもまた、国のために戦ったのに、アメリカの反戦ムーブの悪意に晒され、白い目で見られ、アメリカに絶望した。かと言ってベトナムに戻っても、戦線は悪化し敗色濃厚、将来の夢が描けるわけではない。その心の空虚が、同じく絶望を抱えるキムと共鳴したのです。

　クリスの今期演出は、キムと結ばれた翌日の「神よ何故？」まで、キムへの恋心は抑え目に感じました。胸のときめきに戸惑ってはいるが、今更ベトナムでキムに恋したところで虚しいだけとわかっている。

　それが、キムの身の上話を聞き、彼女が戦禍に遭い、天涯孤独で絶望の底にいることを知ると「どうだろう？」二人で新天地へ行かないか、と思いつきます。そうすれば、キムの境遇は今よりはマシになるし、彼女を救うことで、自分がベトナムに来た意義を見つけられる。そこから一気にキムに夢中になります。

　このクリスの描写の変化が、私の納得のツボでした。二人が恋に落ちたのは、体の相性ではないのです。絶望し、夢のない空虚な二人が出会い、互いに依存することで、生きる理由、夢になってしまった。

　しかも、キムはベトナム式の結婚式を挙げた認識がありますが、クリスはそれが結婚式とは思っていませんでした。前回まで「妻が外にいる」だったセリフが「彼女が外にいる」に変わっていたり「友達が（結婚の）お祝いに」に対し、小野田クリスが「お祝い？　何の？」と聞いたり、クリスは完全に結婚前の認識になっていました。

　そして戦禍が二人を引き裂き、数年後の再開時には、クリスは結婚していました。これはまあ、仕方ないと思います。クリスには結婚した認識がないし、キムが生きているとも思えませんから。実際「うまくやる奴」と言われるエンジニアでさえ、捕まって学校で再教育されていたんです。キムはどうやって生き延び、タムを産んで育てたんでしょう。そのへんが母の愛というか、執念なんでしょうが。

　そこまでしてタムを育てたキムが、クリスがタムを引き取ってくれるという確約のないまま、自死を選ぶのが、私には理解できないポイントでした。せめて、クリスに一目会って、タムの引き取りを承諾させてから死なない？　新演出エレンがソロで、エレンが身を引く可能性も示唆するので、なおさらそう感じるわけです。エレンが身を引き、クリスとキムが結婚してタムを育てる可能性も充分にあったんです。エレンからすると、自分がタムを育てるのは相当な苦労なわけですよ。娼婦、しかも夫がかつて愛した女の子供で、アメリカではまだ差別の酷かった有色人種、よりにもよってベトナム戦争の遺物のブイドイなんて。

　けれど、キムはクリスに一目も会わずに自死を選ぶ。開幕からずっと抱いていた”希死念慮”ゆえです。死んだほうがいいと願いながら、キムは親の遺言に沿って生き、クリスに会って生きる理由を得るも、離れ離れになり、その後はタムのためだけに生き、幼馴染のトゥイまで殺してしまう。

　今期の昆さんキムは、トゥイへの当たりがそれほどきつくなく、幼馴染らしい距離の近さも感じたので、余計に殺した罪の重さが増しましたね。トゥイを殺してから、ずっと罪の意識に苛まれ、罪人である自分がタムと一緒にいてはいけないと思っていた。

　だから、クリスに妻がいるという事実に、心がポッキリ折れてしまい、タムを生かすためだけではなく（ジョン・ケアードの演出の頃はこっちだったと思うんですが）、生きる理由を失い、死を選ぶのです。

　ストーリーに怒りを感じなくなれば、ミス・サイゴンは名曲揃いの舞台です。しかも歌ウマキャストが揃っています。

　キム役の高畑みつきさん、随所で涙の滲む、弱さを見せる役作りで、ぽっきり折れるのがすんなり納得できました。昆夏美さんはもう少し強いのですが、クリスやタムはもちろん、トゥイにも情が深く、それゆえに折れ方が辛かったですね。公演期間中も深化し続け、博多座公演では神がかりの域でした。死を覚悟したキムが、タムに「忘れないで」と語りかけ、おでこにキスするシーンで泣いてしまう。命をあげようより、クリスの腕の中で息絶えるシーンより、ココ！　なお次点はトゥイの死です。希死念慮キャラとストーカーキャラが私のツボです。（言い方）

　エンジニアは駒田一さん！　まあ、この方を見るために通ったので、言うまでもありませんが（笑）歌も芝居も大安定、キムに「何か言え！」を促すところとか、当たり前ですけど、舞台全体物語全体を考えて役作りしているんだなあと改めて思いました。共演者さんからその人柄に感謝するコメントも多く、カンパニー全体の潤滑油的な役割も果たしていたんじゃないですかね。いつもどおり、アンサンブルさんも含めて恐らく全員の顔と名前を覚え、さり気ない気遣いでフォローしていたでしょうから。（この方はどの現場でもそう）今期で最後の噂もあるのですが、続投してほしいです。私もやっとミス・サイゴンが好きな演目になりましたし。

　なお、今期は1回だけ他エンジニアも観ました。ダンサーとして追いかけていた東山義久さん。2020年のキャスト発表の時は、まさか駒田さんと同じ役とは思いもよらず、複雑な想いもあったのですが、2年のブランクを挟んで、まあ、見とくか？と心境が変わりまして。

　駒田さんとは全然違う役作りでしたねえ。エンジニアなんですけど、あんまり頭回らなさそう。底辺の過酷な境遇だけど、ノリで生き残っちゃったみたいな。エンジニアって「うまくやる奴」と呼ばれていますが、サイゴンでは店を持てたものの、バンコクでは下働きのまま、アメリカへも行けず、アメリカが夢の国ではないという現実を認識することもなく……そこまで頭が回るわけでもないので、こういうエンジニアもありなんですよね。

　あんまり考えてないから「追加料金でこの俺抱けるぜ」で男に抱かせちゃうし、アメリカ人に文字通り小便売るプレイしてたかもしれない、そんなエロスを感じるエンジニアでした。生き方に余裕にないので、女に対してはより暴力的。少年時代は男娼やってて、女に縁なかったかも、と腐妄想が捗るタイプです。（コラ）

　東山さんだと、アメドリがダンスナンバーになるのは衝撃でした。キレッキレで踊る躍る。踊らせてナンボの本領発揮、こういうミス・サイゴンもありと思いました。

　実は私の今期ミス・サイゴンのラスト観劇は10/30マチネでした。最後の最後で東山さん見たんかい。駒田さん千秋楽の10/31マチネは、平日休みが取れるかチケ取りの段階でわからず、いざ休みが取れた時にはチケット入手が無理だったのでorz　こんなにチケット取りにくい演目じゃなかったのに……今期人気過ぎ。昆キムと小野田クリスが素晴らしかったので、締めくくりとしては大満足でしたが。

　あと、特筆すべきはクリス役の小野田龍之介さん。前回登場時から、歌声の素晴らしさに感激しておりましたが、今期の海宝直人さん、チョ・サンウンさんと見比べても、私のキャラ解釈に合っていました。「娼婦と寝るのは初めてじゃない」クリスですが、小野田さんは、娼婦じゃない女と寝るのは初めて、感がありました。モテなかったとかそういうのではなくて、愚直に体を鍛え、国のために戦い、恋を知らない子供のままの心を持ったまま、アメリカに絶望し、キムと恋に落ちたのかな、と。そりゃ「昨夜はパラダイス！」夢中にもなるし、救えなかったら、俺の銃で顔を打たれるキムの悪夢も見ますわ。エレンにベトナム戦争のことを泣きながら話す場面も、どうしても「号泣記者会見」が思い出されて苛立ちがちなところ、小野田さんの勢いには何だか納得させれらました。ずっとアメリカを信じていたのにポッキリ折られて、キムに救われたけど、また地獄に堕ちたみたいな。揺れる女心の表現が絶妙な仙名彩世さんとの呼吸も素敵でしたね。

　今回は、ストーリー考察ばっかりになっちゃいましたが、ミス・サイゴンが好きになった経緯説明ということで。感想がこれで最後になるのはいやですね。次のミス・サイゴンでも駒田エンジニアが見たいですよ！

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