髪は切っても、またすぐに伸びてくる。どうせ、すぐに伸びるくらいの長さしか切らない。

　あたしの茶色の猫っ毛は、伸ばすと先がくるんと巻いて、見た目にもとかげのしっぽみたいだ。

　今日また、そのしっぽを切った。

　大好きだったあの人に、もう会わないと決めたから。あの人が触れてくれたことのあるしっぽを捨てて、あの人への想いから逃げるため。しっぽを切り捨てて、生まれ変わるために。

　切るときは、やっぱり少し痛い。切った髪じゃなくて、胸の奥がチクンとする。

　でもそれはいつかは薄れるロマンチックな感傷で、本当の胸の痛みじゃない。胸が張り裂けるほど悲しい、なんて言うけれど、現実に胸を切り裂く痛みとは全然別物だ。

　失った恋を忘れて、また生きていくための儀式のようなもの。恋を失っても、自分を見失ってしまわないように、身代わりを切り捨てる。

　だから長い髪は、あたしの弱さの証拠。いざというときに切り捨てられる身代わりがあるから、あたしは生きていける。

　でも逆に言えば、髪を長くすることで、弱いあたしも強く生きられる気がするんだ。

　髪の短い女の子は、だからきっと心が強いんだと思う。たぶん、髪の長い子と短い子とでは、ペルシャ猫とシャム猫くらいには種類が違うんじゃないかな。

　そんな髪の短い女の子の一人、亜美ちゃん。あたしの友達。

　あたしは髪を切ると、いつも彼女を呼ぶんだ。彼女の強さを、わけて欲しくて。

　亜美ちゃん、ちょっと寄って行かない？って。

　精一杯いつも通りの笑顔を作るけど、あたしは髪を切っているし、涙はもう喉元までこみ上げている。

　失恋したから、慰めて欲しいって本音が、たぶん見え見え。

　でも亜美ちゃんは、そんなことには気付かないふりで、いつも通りやさしく笑って来てくれる。

　あたしなんかよりずっと小さくて華奢で、髪が短くても女の子らしい可愛い亜美ちゃん。

　本人はもう忘れてしまったかもしれないけれど、ずっと前に、亜美ちゃんがあたしに言ってくれた言葉がある。

　クリスマス前に失恋をして、新調したワンピースも、彼のために編んだセーターも、全部無駄になってしまった。彼のための時間全部が無意味、無駄になった。

　そう泣きじゃくる私に、それまで何も言わず頷いていただけの亜美ちゃんが、はっきり言ったんだ。

　無駄じゃないわ、って。

　でも、と私は言いかけたけど、彼女はきっぱりと首を横に振る。

　まこちゃん、無駄なんかじゃない。

　いつもの亜美ちゃんなら、理路整然と理由を説明してくれるけど、そのときはそんなのすっ飛ばして、正面からただ断言したんだ。

　恋愛経験はあまりないからって、いつもはあたしの話をただ聞いているだけなのに、そのときだけは、彼女は絶対に譲らなかった。

　亜美ちゃんから見たら、誰かを好きになったの嫌われただので、しょっちゅう泣いているあたしなんか、すごく無意味で無駄なことをしているように見えるだろうと思っていた。でもその亜美ちゃんが、無駄じゃないって言ってくれたんだ。

　あたしの想いは、無駄じゃなかった。

　その言葉に、あたしは救われた。恋を失って、自分自身を失いかけていたあたしを、亜美ちゃんの言葉が引き留めてくれたんだ。

　それから亜美ちゃんは、やさしく笑ってこうつけ足す。

　大丈夫。私は、まこちゃんが大好きよ。

　誰かを好きとか嫌いで大騒ぎして、泣いて慰めてもらおうとしているダメなあたしを、亜美ちゃんはいつでも寛大に受け止めて、絶対的に肯定して、甘やかしてくれるんだ。

　友達なのに、一方的に甘えてばかりいたらダメだと思う。

　でもあたしはもう、彼女なしにはいられない。恋を失ったとき、あたしが拠り所にするのは亜美ちゃんなんだ。彼女がいるから、これまでも生きてこれたし、これからも恋ができる。

　いつかもし、亜美ちゃんがあたしを見捨てることがあったとしたら、そのときはきっと、髪を切るだけじゃ済まない。実際に胸を切り裂かれるほうが、よっぽど苦しくないと思うだろう。

　そのまま心臓が止まって、死んでしまうかもしれない。しっぽなんかじゃ、身代わりにならないんだ。

　友達なのに、こんなふうに一方的に頼ってしまっているのは、ダメだと思うけど。

　亜美ちゃん、ちょっと寄って行かない？

　今日もあたしは、短い髪で彼女を誘う。

　あたしの気持ちをわかっているのかいないのか、彼女はいつもと変わらずやさしく笑って来てくれる。