メディテーション・ブルー
徹夜の張り込みが徒労に終わった明け方ほど、憂鬱な時間はない。灯りもつけずにソファにくたばると、ブラインドの隙間から差し込む暁光がまぶたの裏に薄青い。
ふと、何かが唇をかすめてふいと過ぎた。
目を開けると、薄闇に黒い影が俺を覗き込んでつっ立っている。この部屋の主である友人は、夜目にもわかるほどやたらに赤い顔をしている。
「何だよ」
「……あなたが疲れているように見えたので。カーマイン」
紅潮した頬を無表情で取り繕おうと苦心しながら、友人は答える。
「それで、元気出してのキッスというわけか？」
にやりと笑うと、友人はますます赤くなって、うろたえた。
学生時代からマッド・サイエンティストと呼ばれ、今では優秀な科学者として研究室に缶詰生活を送っている友人・アカシはこういう甘いシチュエーションにはそもそも無縁のはずである。ましてや俺とアカシは成り行きで寝たことがあるだけで、そうそう甘い関係でもない。
にもかかわらず、こんな慣れない真似をしたら、いたたまれなさに赤面もするってものだろ。
……まったく、可愛いことをしてくれる。
「ヘタクソめ」
俺は意地悪く唇を歪め、腕を伸ばしながら悪態をつく。
「イマドキ、バージンで箱入りのご令嬢だって、もちっとマシなキスができるぜ？」
人差し指をちょいちょいと曲げる手振りでヤツを屈ませる。素直に差し出された頭を片手で引き寄せ、唇を押しつける。
目を閉じて眉を寄せ、刹那拒む素振りを見せていたヤツが、小さく喉を鳴らして不意に動かなくなる。
別に、舌を絡めるようなディープなキスをしたわけじゃない。互いの体温を確かめるように唇はそっと押し当てて、あとは頭を抱いた手のひらで耳を塞いだだけだ。ひんやりした耳朶を、小指の先で裏側から弄ぶ。
唇を離すと、黒い瞳がゆっくりと開いた。
「……カーマイン」
俺の片手に首根っこをつかまれ、中腰でソファに屈みこんだまま、アカシが戸惑ったように囁く。
俺はにやりと笑って、腕を放す。
「さて、元気出たし。マジ寝するかな」
ソファから立ち上がり、俺は思い切り伸びをする。
アカシは頬だけを紅潮させたまま、はにかむように微笑んだ。
Fin.
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疲れると何故だか甘〜いものが欲しくなるのよね、の典型例ですな。