「松本白鸚in ラ・マンチャの男 ファイナル公演」
2023.4.14-4.24 よこすか芸術劇場
最近、観劇記もろくに書けずにおりますが、これは書き残しておかねばなりますまい。
本来は、2022年2月に日生劇場でファイナルを迎えるはずだった、松本白鸚さん主演の「ラ・マンチャの男」あいにくのコロナ禍、関係者に陽性者が確認され、たった7回の上演で中止になりました。（うち2回を観た私、強運？）関係者の皆様は、さぞかし無念だったことと思います。思えば、このときは従来どおりの演出で、出演者の体調・お声も良くて、最高の仕上がりの公演でした。しかしそこでファイナルは迎えられず。
仕切り直しの2023年4月よこすか芸術劇場での公演。公演の少し前に「間に休憩が入ります」との情報が流れて来て、この期に及んで演出変えるの？訝しんでおりましたら。白鸚さん、2022年秋に体調不良で歌舞伎のほうをお休みしていたそうで。お身体も、お声も、2022年2月公演とはまったく違う状態になっていたんですね。
初日に行けなかった私は、4月15日の土曜公演を初めて観て驚愕。ここに来ての演出変更は、白鸚さんが舞台に立つためのものでした。
傾斜のある八百屋舞台は平らになり、地上から地下牢への長階段は距離も角度も緩やかに。風車との立ち回りは、自ら飛び込まず武器を投げ込む演出に変更。随所の説明セリフをサンチョに任せ、馬に乗るのも共演者が陰で助け、跪くときには腰かけ台を仕込む。立っているときも、基本サンチョが腰に抱き着くような姿勢で支えている。休憩は、長い決め台詞の直前のタイミング。
そこまでして、彼は舞台に立つ。体調的には、公演中止の可能性もあったのかもしれません。けれど演出を変えてでも、彼は舞台に立ち続ける。
それはそのまま「ラ・マンチャの男」の姿でした。たとえ脚は萎えても、我は歩み続けん。倒れても何度でも立ち上がる、これぞ邪なるものの最も恐るるところ。あるべき姿のために戦い続ける。それを信じ、成功を祈り、支え続ける共演者・関係者たち。
終盤でヒロインのアルドンザが「殿様あんたは病気よ！（だから寝ていて）」と病床のキハーナを制止するシーンがありますが、実の娘である松さんは、どんな気持ちでこのセリフを言ったのでしょう。キハーナはその制止を断り、ベッドから降りて己の足で立ちます。従者サンチョと想い姫ドルシネアに両側から支えられながら「われこそはドン・キホーテ」を力強く歌い、絶命します。
こんなものを見せられて、どうしたら良いものか。感情がメチャクチャになり、涙がどうにも止まりません。
私のラマンチャ観劇は2001年から。当時は苦手な舞台でした。女性蔑視が酷い話だし、まだ若かった私には「見果てぬ夢」が遠い夢物語に聞こえていました。けれど歳を重ねて、徐々に変わっていきました。人として当たり前の、ほんのささやかな望みさえ、現実の前には、見果てぬ夢になることがある。そんな現実が見えるようになり、その決意の重さがわかるようになりました。
そして贔屓役者の駒田一さんが、ラバ追いから出演し、床屋を経て、夢だったサンチョ役になってからは、さらに大きな想いを寄せる特別な演目になりました。
その大好きなラマンチャがファイナルで、あるべき姿のために戦い続ける白鸚さんを、一番近くで支えているのが駒田さん。ずっと低い姿勢で、旦那の腰をさり気なく支え続け、けれど演技は軽妙、愛くるしく表情豊かなサンチョ。
その駒田さん、直前まで「ドリームガールズ」の地方公演に参加していたんです。3月25日の御園座大楽を観に行きましたが、日本版初演のオリジナルキャスト、年長者として共演者にも頼りにされていたようで、ラ・マンチャのお稽古が並行していたとしたら……心身を相当尽くしたのではないでしょうか。演出が変わり、段取りが変わり、セリフが増え、旦那を支え、カンパニーを支え。
今回のラ・マンチャ、私にとっては”駒田一の献身”でもありまして。
4月15日に私が見たカーテンコールのことを、書いておきたいと思います。カーテンコールでは、役者が音楽に乗せて一人ずつお辞儀をして、舞台裏にはけていきます。
最後に白鸚さんが一人残るのですが、舞台から降りるための階段をエスコートするために、駒田さんが階段横にスタンバイ。後日は片膝立ちでしたが（主従スキーはこれだけで情緒が乱れる）、この日は真後ろを向いてしゃがんでいたように記憶しています。
階段を下りる白鸚さん、少しよろめいたように見え、すかさず横から駒田さんが腰を支えました。（サンチョ基本の、下から腰にタックルするように抱き着いて支える、あの姿勢です）そこから、大丈夫ですかと見上げる駒田さん、ありがとうの笑みを返す白鸚さん。互いに微笑み合い、しかと抱き合ってから、互いの腰を抱いたままはけて行きました。その後ろ姿が、あまりにもサンチョとキホーテ過ぎて……。
これを最前列で観てしまった私は、終演後、もう嗚咽をこらえてヒクヒクしているのがやっとでした。以降はそんなアクシデントはなく、サンチョは片膝立ちで待機→お手をとってエスコートが基本になったものの、カテコで涙腺決壊するようになりまして。
出演者がはけた後、オケさんがラ・マンチャ序曲を奏でてくれるのですが、これがまた沁みて、涙が再びこみ上げる。周囲がずっと手拍子している中、お祈りポーズで耐えるのがやっとでしたね。
そういえば、今回の指揮はビリーさんでした。てっきり、塩田さんが振るのかと思っていたのですが。塩田さんの踊る序曲も最後に聴きたかったなあ……。塩田さんが振ると、オケのキレが違うような気がするんですけど、気のせいですかね？
この流れで、他のキャストさんのことも少し。
松たか子さん、初めてアルドンザを演じた時には、お嬢様だな〜と思っていましたが、今はもうアルドンザは彼女が一番です。その強さ、暗い半生と諦観、ふと見せる愛らしさ、ひたむきさ、ラストで「見果てぬ夢」を最初に歌い出す囚人の存在感。
石鍋多加史さん。この方もご高齢ですが、その美声はますます深く、ビロードのようにやわらかい艶を帯び、おごそかながら慈悲にあふれ、レクイエムが染み入ります。夢のドルシネアも、こんなに美しい曲だったかと今回しみじみ聴き入りました。神職ながら庶民の世知辛さがわかっている神父様の人柄も大好き。
上條恒彦さん。あの素晴らしく豊かな低音は、職人芸でした。白鸚さんよりも年上なんですね。寝巻で騎士の称号を授ける場面、映像を残して欲しかったなあ。低音の迫力とコミカル演技のギャップが最高。
伊原剛志さん、今回のカンパニーで唯一の初参加。最初は薄口のカラスコと思っていましたが、後半では意外に人情派だった？と思いました。宮川さん路線というか。まあ、今回の舞台観てたら、木石でもラスト心動かされますね。
荒井洸子さん。安定の家政婦さん。独特の笑い方が大好き。エヒャヒャヒャみたいな。
ラ・マンチャの男は、私にとって、本当に特別な演目です。日本のラ・マンチャは、ずっと白鸚さんでしたので、私の中でのキホーテは白鸚さんです。あの独特のセリフ回し、音程と抑揚が強烈に耳に残っています。今回のようなファイナルを見せられては、なおさら。
それでも、大好きな演目だから、いつかまたきっと観たい。そして、サンチョは駒田さんの最高のハマり役なので、やっぱりまた観たいのです。今はまだ、見果てぬ夢ですが、信じて歩み続けて参ります。
（訳：チケ代稼いでおくから、東宝さん私が観劇できるうちに頼む）
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