「ラ・マンチャの男」

シアターBRAVA！2015.9.2-21／まつもと市民芸術館9.26-28／帝国劇場10.5-27

　2001年から観ている「ラ・マンチャの男」もうそんなに観ているんですね……。最初は私に合わないなー、男芝居でわかんないなー、と思っていて、年齢を重ねてだんだん良さがわかってきて、前回の松さんの熱演で天井かな、と思っていました。

　が、今回はそれを超えました。大阪で号泣しました。自分の中で、2003年の初レミくらいの衝撃。何でそんなに感動したのか、自分でもよくわかりません。そして東京では大阪ほどの衝撃はなく。観劇はナマ、キャストや製作側はもちろん、観る側のメンタルによっても大きく変動するので、一期一会の言葉をしみじみ噛みしめました。

　さて今回は、ヒロイン・アルドンザと姪のアントーニア、カラスコ博士の重要な三役が交代。役者だけでなく、役解釈も変わった感がありました。

　アルドンザは宝塚出身の霧矢大夢さん。元男役らしく、サバサバして男前な印象。大阪の初期あたりは、セリフ回しがいかにも「宝塚のイケメン」な部分もありました。東京まで来ると、そのへんは抜けていましたが。キホーテにお姫様扱いされるのはもちろん、ラバ追いたちにチヤホヤされるのにも違和感があるような。「可愛い小鳥が聞いてあきれるよ」の言い方が、男たちを茶化すのではなく、素のサッパリ感。

　アルドンザは、女のカラダを使って男たちを利用していた節もあって、フェルミーナに嫌われていたのでしょうが、きりやんはもっとサッパリ。人間どころか「女」以下の、「物」扱いされるのが当然みたいな感じでしたね。

　こういうアルドンザ、結構好きです。自分の価値というものを、生まれて一度も感じたことのない、EVAなら綾波タイプのヒロイン。個人的にはアスカ派なんですが、ラマンチャのアルドンザなら、こういう解釈もありかなと。

　いっぽう、宮澤エマちゃん演じるアントーニアは、これまでにない「嘘泣き」全開の、女のズルいところを隠さない役作り。

　従来のアントーニアは、良家の子女らしくおりこうさん、可愛さより気品のタイプでしたが、エマちゃんはとにかく可愛い！　その可愛さで、嘘泣きもするし「ご自分のことしか考えていらっしゃらない」立ち位置をストレートに体現し、カラスコを操縦していました。これでブスや音痴だったらイラッとするんでしょうけど、エマちゃんは愛らしくチャーミングな上に、安定の歌唱力。家政婦の荒井さん＆神父の石鍋さんの超歌ウマと一緒に歌ってバランスを保っているのが心地よい。

　キハーナの狂気に困りながらも、病床に伏してしまうと、素直に同情し、狂気を取り除いたカラスコを責める、まっすぐでわかりやすい感情表現もまた魅力。冒頭の家族の諍いを「静かにしてー！」の一喝で黙らせる強さが小気味いい。新しい解釈ながら、私にとって「これだ！」のアントーニアでした。

　宮川浩さんのカラスコ博士もまた、従来とは違います。前任・福井さんの理論的で冷徹、カミソリのような切れ味のカラスコ博士のイメージが強く、当初は違和感がありました。でも観ていると、これが今回のカラスコなんだなーとじわじわしみております。

　まず、強気なアントーニアと相性がいい。あれこれ理屈はこねますが、アントーニアに言われると従ってしまう。アントーニアの素直な感情には歩み寄りを見せる、似合いの許嫁なんですね。前回までのカラスコだったら、今回のアントーニアとは釣り合わないかも。

　キハーナに対しても、演出は変わらないながら、ところどころで同調したいような表情が垣間見得るのが、今回のカラスコの味わい。印象的なのは、ラストの「見果てぬ夢」合唱シーン。囚人たちの「見果てぬ夢」の合唱に加わらず、一人背を向けるカラスコ。このとき、直前まで何かをこらえるような表情をしていて、階段を上るセルバンテスをじっと見上げるのです。拒絶はしていても、どこかでセルバンテスの側に立ちたい、そんな揺らぎが透けて見えるカラスコでした。

　ただし、帽子投げがパシッと切れ味よくいかないのは物足りない。決して硬くはない帽子を床に投げつけて音出すの、結構難しいんですかね。

　以上、新キャストレビューでした。

　その他の役は続投。ミスターラマンチャ・松本幸四郎さんは、もう伝統芸能だなあと思います。ミュージカルとか歌舞伎とかそういう枠でなくて「ラ・マンチャの男」という伝統芸能。

　よく「何言ってんだかわかんない」と言われますが、私は不思議と聞き取れなかったことはありません。（「ミス・サイゴン」は聞き取れなくてイライラしたので、役者と言うより訳詞の問題なんだと思います、私の耳。訳詞と波長が合えば、耳で聞き取れなくても脳内補正できるようで）歌舞伎のほうの癖なのか、たしかに、小さい「っ」で音を切るなど独特の言い回しはあります。たとえば「冷酷無情の輩、束になっ」「てかかっ」「て来い」みたいな。けれど聞き慣れてしまうと、全体的にヌルヌルつながる音程に独特のリズムを刻み、セリフの緩急と相まって癖になる。個人的には、前回までの「脳味噌が干上がってしまった」の「ひあ」がオクターブ上がるのが好きだったので、今回さらりと言ってるのがちょっと淋しかったり。

　病床そして臨終のキハーナの演技は、やはり年齢を重ねてこそ。さすがにご高齢で、今回は体力的な負担を軽減する演出変更もちょこちょこありましたが、今このときの「ラ・マンチャの男」を見られるのは、幸せなことだと思います。

　そして本命は、その傍らの従者・サンチョ。20年からラバ追い、床屋と役を変えつつラマンチャに参加、今やサンチョ役にすっかり馴染みました。

　とにかく愛らしいキャラクターがぴったりで、芝居も歌も鉄板。本人が公言するラ・マンチャ大好きパワーがひしひしと伝わってきます。役柄的にキホーテの従者ですが、役者の中でもきっとそんな立ち位置。舞台上でキホーテの剣が折れたトラブルでも真っ先に対処、カンパニーの中で、舞台運びの要なんだろうなと思われます。

　好きなシーンはたくさんありますが、まず馬とロバに乗って、キホーテとサンチョが旅立つシーン。見果てぬ夢を抱いてまっすぐに荒野を行くキホーテと、夢だけではなく現実も見えていながらキホーテに着いて行くサンチョ、この二人の笑顔！　このシーンだけで毎回ジワリと涙がにじみます。サンチョ役は2009年からやっているんですけどね、未だにこの役を駒田さんが演じていることが、ファンにとってはすごくうれしい。本人もそう思っているからだろうなあ。

　それから、台所の場面。アルドンザに、何でキホーテのお供なんかやっているのさ？と聞かれ「旦那が好きなのさ」歌って答える場面。ちょっとだけ照れてから、キラキラした笑顔で、旦那への素直な想いを告白するサンチョのソロ。とても可愛らしく、よい歌ですが、サンチョのキャラ的に朗々と歌い上げるわけにはいかず、かと言って崩し過ぎると音程にならない、さりげなく難度の高いナンバーだと思います。このへんの匙加減が、さすがの駒田さん。セリフを聞いていると思ったら、美しい旋律に乗っていた。歌を聞いていると思ったら、セリフのように素直な心情が伝わってくる。ミュージカル俳優・駒田一の本領発揮のナンバーだと思います。

　後半で「オラが儲けた物はこーんなに」で、物理的には何も儲けていないことを自覚しますが、やっぱり「旦那が好きなのさ」物理的な物ではなく、違う何かを求める、サンチョの生き方。キホーテのように「あるべき」と強く主張はしませんが、黙ってにこにこしながら実践してるんですよね。そんなサンチョの立ち位置が好きです。←従者好き

　そんなサンチョがＳっぽい（駒田さんっぽい？）表情を見せるのは、床屋の場面。キホーテによって、マンブリーノの兜の盗人という設定にされてしまった哀れな床屋。サンチョも「旦那がそう言うならそうしとけ」で、基本的に扱いが荒い。床屋がグニャ剣を曲げてしまって、何やってんだと取り上げたりするのがコミカル。

　サンチョってアルドンザにも「旦那様がそう呼んでる」でお姫様扱いするし、「オラの目に見えないもの」が旦那には確かに見えていると信じているんですよね。そしてそれが真実であって欲しい、と真剣に願っている。自分の目に見えているわけでもない物を信じるというのは、ある意味でキホーテよりきちがいじみているかもしれませんね。つまりそういうとこが、従者属性。

　そしてキホーテが信じた事が現実になる、ひげ剃り用の洗面器がマンブリーノの兜になってしまうのが、この場面。現実には何も変わっていないんですけど、たしかに変わる物がある。床屋のシーンはそれを示しているんですね。←今さら腑に落ちた模様。

　ラバ追いたちとの喧嘩のシーンの演出変更はほぼありませんが、今期ちょいちょい見られるのがサンチョとアルドンザのコンビプレイ。台所のシーンから仲良くなり、喧嘩シーンでも息の合った連携を見せ（途中意見が分かれて、一人を股裂きにしちゃいますが）、キホーテが騎士の称号を受ける後ろで二人でずっと何か話して、立ち位置を変えたり、首ひねったり、リアクションするのがすごく可愛い。そして仲良く歌い出す「いーざ憂い顔の騎士♪」何だろう、このコンビものっそ可愛い。

　きりやんの男前オーラに、駒田さんの従者体質が呼応してる？そんな感じに見えました。今期の二人には、キホーテの死語も、仲良くして欲しい、なんて思ってしまいます。

　ムーア人のシーンでは、キホーテがサンチョのおでこにキスするのがすっかり定番になりました。そりゃ可愛い可愛いサンチョだもんね、キッスの一つもしたくなる。幸四郎さんもお気に入りなのか、カテコでも定番になってます。

　サンチョもさあ、「何せ酷い奴らですから」ってわかってるのに、キホーテのデコキスくらいで楽しくなっちゃうなよ……本当何でそんなに旦那が好きなのよ？　そして身ぐるみはがされてビックリポーズ、ダメな主従でございます。

　鏡の騎士のシーン以降は、うなだれ、しおれていくサンチョ。キホーテの心がしおれると、それを感じて体現してしまう従者です。

　病床のシーンでは、折れてしまったキホーテに、語りかける姿がいじらしいサンチョです。昏睡状態で意識のないキホーテに「旦那様のお心を軽くする話を」他愛もない話を、いつもと同じ笑顔で、冗談を交えながら。本当に、旦那が好きなんですねえ。

　そんなサンチョの言葉に、旦那様が昏睡の淵から意識を取り戻す。カラスコ医師の処置やアントーニアの看護ではなく、サンチョの冗談に意識を取り戻すところが、彼らしい。けれど彼は、ドン・キホーテではなく、アロンソ・キハーナ。遍歴の騎士・キホーテであった頃のことは忘れています。

　そこへ駆け込んでくるアルドンザ。キホーテの言葉を信じ、裏切られ、深く傷ついたはずの彼女が「あんたの一言が、あたしの何もかもを変えちまったんだよ」洗面器が伝説の兜に変わったように、彼女もまた変わったのでしょう。「思い出さなきゃいけないよ」と、キホーテの言葉を聞かせます。

　このあたりは、カラスコたちに追い払われるので、部屋の隅で座り込んで耳だけで気配を窺っているサンチョ。アントーニアの言葉がキホーテにしみこんでいくにつれ、床を見ていた瞳は潤み、表情もゆるんでくる。

　そして「サンチョー！」キホーテに呼ばれて「御前に！」……このシーン、何度見ても好きです。胸が熱くなります。遠くへ行ってしまっていた主が、やっと戻ってきて、自分の名前を呼んでくれたときの犬のような表情で、見えないしっぽをちぎれるほど振ってかしこまるサンチョ。（←ラッキードッグ1的表現／笑）「剣と、槍だ！」と言われて「またまた難儀なこっちゃ！」と返すサンチョの明るさもまた心意気。

　キホーテが絶命した後、サンチョは「旦那様が死んだ」と泣きます。けれどここで泣かないアルドンザが強い。「サンチョ、信じるんだ。ドンキホーテは死んではいない」そして自らを「あたしの名はドルシネア」キホーテにもらった姫の名前を名乗る。きりやんアルドンザは男前なので、単にキホーテの理想を引き継ぐだけではなく、キホーテの剣と槍を担いで遍歴の騎士＝世直しの旅に出そうな凛々しさがありますね。サンチョをお供に連れて。そんな未来まで妄想してしまう、今回のキャスティングでした。

　キホーテの物語が終わると、語り手だったセルバンテスに、宗教裁判所から召集がかかります。裁判次第では火炙りで殺される。怯える従者（サンチョではない）を、セルバンテスは励まします。「勇気を出そう」と。

　このセリフ、前回公演までは「勇気を出すんだ」でした。けれど「出そう」の方が、語尾が柔らかく、セルバンテスが自身にも言い聞かせるようなニュアンスに感じられます。

セルバンテスも、決して現実の壁が見えていないわけではなく、従者と同じ恐れを抱きながら、己を奮い立たせ、あるべき姿に向かって戦おうとしている。彼の言葉は、その心意気を形にしたもの。その心意気こそが「我ら二人ながら、ラ・マンチャの男」たらしめているのです。

　それを聞いた周囲の囚人や、客席の観客も、現実の壁に恐れを抱きながら、勇気を出そうと思うかもしれない、そんなニュアンス変更でした。

　終盤近くのトークショーで「来月にはそれぞれ別の舞台へ行くけれど、違う舞台でも、あるべき姿のために戦いたいと思います」と仰っていた駒田さん。ラ・マンチャが駒田さんにとって特別なのは、いつもそうした心意気を抱いて舞台に立っているからでしょう。

　私自身は、どちらかというとあるがままの現実に折り合いをつけて生きる人間です。若い頃に抱いていた夢とは違う、地味で堅実な職業を選びましたし、自分を養う本業においても、趣味でも、キホーテのように戦ったことはないんじゃないかな……。

　数年前、身内に振り回されていた頃の観劇では、キホーテの振る舞いにイライラしたりもしました。でも今年は、素直に心が動かされ、自分でも理由がよくわからないまま涙が出ました。心境の変化、境遇の変化、年齢を重ねたこと、その日の体調と気分。その公演の演出の変化、役者の組み合わせ、演技、ナマのお芝居の中で生まれる空気。そういったものが、全部影響しているんでしょう。同じ演目を見て、こういう変化が面白いなあと思います。

　また、何故だかわかりませんが、自分の変化が観劇に一番影響する演目ですね。レミゼも何年かおきに観ておりますが、ラマンチャほどには自分の境遇によって感じ方が変わることはない。鏡のような不思議な演目です。

　次に観るとき、キャストがどうなっているのか、自分がどうなっているのか、再会を楽しみに待ちたいと思います。（ただ、高齢キャストが心配です。再演自体、幸四郎さんのコンディション次第でしょうし、上条さんの低音美声また聴きたいよう……）