「ラ・マンチャの男」名鉄ホール2005.5.1〜5.28／帝国劇場2005.6.4〜6.29

　ちょいと遅くなりましたが、2005年版の感想をざざっと。

　自分の観劇記を読み返してみたところ、私の観劇は三期目になるんですね。

　鳳蘭さんがアルドンサを演じていた2001年と、親子共演で話題を呼んだ2003年、そして今期2005年。レミゼのような異常なリピートはなく、各期2〜3回ずつの一般的？な観劇でした。（あ、でも今回は名鉄ホールで2回、帝劇で3回観たのでした）この間、駒田さんの役は変わらず床屋さん。駒田さんについては既に相当語っているので、今回は少し作品メインの感想にしてみようかと思います。ネタバレ＆辛口になりそうですので、ご注意ください。

１．演出

　今回はとにかく、演出が変わりました。オープニングからしてまず違う。客席が暗転にもならず、まだざわざわしている中、舞台端の階段にギター弾きが登場。手すさびに……といった何気なさでつま弾き始め、哀愁漂うギターの音色はやがて「ラ・マンチャの男」のメインテーマを導き、フルート？から少しずつオケが載って来る。その間に囚人たちがぽつりぽつり舞台に登場し、めいめいの位置に座ったり、寝転がったり、隣人と絡んだり。明確な舞台の始まりはなく、気づくといつの間にかそこに世界が出現している。

　前回までの堂々とした始まり（って詳細よく覚えていないんですが）とはまったく違う印象で、驚きました。もともとラマンチャは「舞台上の囚人たちが、劇中劇を演じる」二重舞台の作りですが、今回の演出はさらに「二重舞台を演じる生身の役者の息づかい」さえも思わせるような。客席とつながったままの世界が芝居の場になる感じは、個人的に入り込みやすくて好きかも。

　そして舞台のあちこち、シーンがズバズバと削られていました。囚人に衣装を渡して「○○役はあなたがおやりになる？」のやりとりもほとんどカット。皆いつの間にか衣装を着て登場、カラスコ博士に至っては「あなたにふわわしい」が丸々カットで、呼ばれても登場しないという新手の演出。囚人から役へと変わり込んでいく演技、囚人の役柄と演じる役柄の共通項・違いを楽しんでいた私としては、少し淋しくも感じました。

　淋しいと言えば、アルドンサの位置づけ。自分の観劇記を読み返して思い出したのですが、2001年では「ド迫力のあばずれ女→キホーテに会う→清らかさや可愛らしさ、純粋さが出てくる」、2003年では「本当は清楚なお姫様が悪しき境遇にツッパっている→キホーテに会う→本来のお姫様に戻る」というふうに感じていました。どちらが好みかとか、よりテーマに沿っているか、ここでは論じません。個人的に、そう感じていたという前提で。

　ところが今期は、このあたりの変化があまり明確に見えなかったのです。

　松さんのキャラでは、私にはどうしてもあばずれに見えない。戸口のカーテンをバサッとめくっての初登場に、それほどの迫力を感じない。鳳さんのときには、それこそカラダで男を喰っちゃうような、漫画的な表現をすれば（笑）背景に集中線と「バーン」という効果音が見えた気がしたのものでした。逆に「この汚れキャラがヒロイン？」という驚きと裏切られ感と。裏切られ感は、決して悪い意味ではありません。あばずれアルドンサは、同性には間違いなく嫌われるタイプで、舞台上でもアルミナとの対比がある役。むしろ女性の観客の嫌悪を誘っておけば、ラストの「あたいの生き方を、何もかもを変えちまったんだよ」のコントラストがはっきりする。登場シーンで嫌悪感さえ抱いていたアルドンサが、だんだん無性にいじらしく可愛らしく思えてくるのが、個人的なラ・マンチャのツボでした。

　ところが、今期のラマンチャでは。アルドンサ初登場は、松さんの華奢なプロポーションに、集中線ではなく点描が舞う感じ。そのくせ、前回はたっぷり可愛らしく魅せてくれた「LittleBird」のシーン等を淡泊に抑え、ラバ追いたちがアルドンサに肉欲だけでなく恋愛感情に近いものも抱いているという含みを感じさせず。男たちは一方的にアルドンサの肉体を痛めつける存在として描かれ、輪姦シーンはあまりにも痛々しいものがありました。

　こういった演出の中で、アルミナの役は、今回とみに難しかったのではないかと勝手に想像します。己の肉体を男に喰わせる女や、異性を惹きつけてやまない魅力ある女には、同性が蔑みや嫉妬を覚えるのは当然。でもそのどちらもなく、ただ男に蹂躙されて憎しみを抱いているだけの女には、同情こそすれ、嘲笑う気にはなれないだろうなあと。

　いろんな意味で、アルドンサに関する今回の演出には物足りなさを感じました。「諸国遍歴って何なの？」が普通の言い方になっちゃっていたしなあ。「諸国遍歴って、どんななの？」急に高い声で子供みたいに可愛くなるのが、最大のアルドンサ萌えポイントなのですよ、個人的に。

　あとは、歌とセリフの力量差。松さん、歌ではセリフほどの表現がついてこない。裏声がどうしても弱い。いい演技しているのにもったいない、と思う場面がしばしばでした。歌とセリフの双方バランスが取れて抜群の表現力を持っている役者はそう多くはないと思いますが、他に牢名主、神父、家政婦、床屋あたりがまさに抜群だったので、余計に物足りなく感じたのかもしれません。

　で、じゃあ、今期はつまらなかったのかというと、そうでもない。むしろ、前回二公演よりも、観劇後の満足度は増していました。何故だかは、わかりません。あちこちそぎ落とした演出が主題を簡潔に伝えたのか、単に繰り返し見たことでより理解が深まったのか。型は決まっているけど伝わるものの違いを愉しむというか、歌舞伎等の伝統芸能に通じるところがあるのかもしれません。

　ただひとつ確実に言えることは、ラ・マンチャは他のどの舞台よりも、如実に観客の心を写す鏡のような舞台だということ。観る側ののその日のコンディションによって感じ方が変わってくるのは当然ですが、ラ・マンチャはその最たるもの。そうして考えると、今回「よかった」と感じた裏側には、私自身の人生が写されているのかもしれません。

２．床屋

　今回の演出変更では、床屋のシーンもかなり変わっていました。まず曲のアレンジが違う！　前回までの記憶があると「ズンドコ」なイントロにまずびっくりします。そして登場するや、たしかに毎回暗い舞台を陽気に盛り上げるシーンではあるのですが、いわゆる芸人ネタ系のお笑いが連続炸裂。どうも演出は今期芸人ブームだったようで。「床屋床屋床屋でさんぱつや」は前回から引き続きのネタ、「じじいがやってもバーバーよ♪」はお気に入りのネタでした。

　そして今回ほとんどノーメイクの駒田さん、表情がくるくると動くのがよく見えます。キホーテに虐げられて不平言いたげなアヒル口が可愛いなvv「頭の上にチョコーンと載せて」とかのチョコンの言い方がまた可愛い。グニャ剣を曲げたりのばしたりでアワアワしているのも可愛いです。って、可愛いしか言えないのか、私は。

　そして洗面器が黄金の兜に変わる？シーンは、ラバ追いや宿屋の人々みんなでアカペラでおごそかに歌うという演出に。ラストで奇声を発して口をふさがれるラバ追いさんが可愛かったり。床屋さんは「ありゃりゃあ〜、おいらの洗面器が黄金の兜になっちゃったよ〜」の身振り手振り表情で、オケに合わせての三点ポーズも大変愛らしく。うんうん、本当に可愛いですね、床屋さんは！

３．囚人

　ところで床屋は、劇中劇の中の登場人物。床屋を演じるのは、牢獄に暮らす囚人です。今回の演出では、オープニングで牢獄のシーンが長く取られているため、囚人の特色がかなり出ていたように感じました。

　とくに床屋役の囚人（＝駒田さん）はかなりクセのある人物のよう。オープニングでは、ギター弾きや牢名主に手を挙げて挨拶してみたり、他の男囚人ともつれ合って寝転がってみたり、女囚人と抱き合うというか、座った女囚人が腰のあたりに抱きつく感じというか、イチャイチャしておいて突き放してみたり。正直に告白しますと、女囚人とのイチャイチャにはちょいと妬けました（笑）ヴァイオリン弾きでのツァイテルとのイチャイチャにはちっとも妬かなかったのに、何故かしらん。オープニング直後、出口から降りてくる階段にはかなり登りかけてましたし。

　そして囚人によるセルバンテスの裁判では、とにかくカラスコ役の囚人につっかかりまくり。セルバンテスの告発を買って出るカラスコに「またコイツか！」吐き捨ててみたり、随所で「ウゼエんだよ」と言わんばかりに睨みつけたりしています。ヤンキーが弁の立つ優等生を嫌うみたいな感じ？（笑）この囚人が、陽気で人当たりのやわらかい床屋の役を拝命するシーンは前回公演までもありませんでしたが、どんな経緯で？と思うとなかなか興味深いものがあります。

　そしてラスト「見果てぬ夢」を歌う囚人の表情。毎回表情が違い、ラ・マンチャ観客にとって毎回味わいの変わる舞台であるのと同様に、駒田さんが演じる囚人の中でも、毎回違う心情がこみ上げているのだろうなあと思います。ちなみにラストで瞳うるうる微笑まれると、ファンは大変弱いです（笑）

４．ロバのちび助

　ロバの覆面をかぶってしまうのでわかりませんが、餌やりの場面だけ、駒田さんがロバのちび助を演じています。これがもうもう、絶品に可愛い！

　今回は中の人がばれてもいい演出だったのが、餌のまずさに「ぶぇー」とやる声、「ウン！」と返事する声がモロに駒田さんです。餌がまずいと文句を言い、馬の大きい餌と取り替えてもらって「ッシシシシャッ」と笑い、取り返されるとスネて餌桶を隠す。ご主人の悪口を言われれば怒って抗議。アルドンサの肩越しに親書を覗き込んでウンウンうなずき、ぴしりとはたかれて後ろにひっくり返る。寝る前には頭を置くところをよーく拭いて、お馬の大将にすり寄って（自分の枕元拭いた意味ないって）、脚を絡めて（笑）就寝。すべての仕草が悶絶するほど可愛いですよ、ハアハア。

　見所がかなり偏っていますが、ラ・マンチャ大好きなシーンの一つです。

５．ムーア人

　これまた見所偏りつつ毎回楽しみにしているシーン。きれいなお姉さんのセクシーダンスが本来の見所ですが、私は横で煽り立てるアヤシイオヤジから目が離せません。ただ今回は、歌の聞かせどころが微妙にカットされていたような。あの歌に聞かせどころがあるのかと首を傾げる方もいらっしゃるかもしれませんが、とにかくあの場面は駒田さんのセクシーヴォイスを堪能しろ！　何言ってんだか全然わからんけど！　と付け加えておきます。

６．総括

　オマケの書き足し。物語の冒頭、キホーテとサンチョが旅に出るシーンが、実はものすごく好きです。二人で馬とロバに乗り、見果てぬ夢の遠く横たわるラ・マンチャの荒野を見はらしながら、笑顔で駆けて行く。何だか無性に惹きつけられて、眩しいような懐かしいような、熱い感情で胸がいっぱいになります。理由もなく涙がこみ上げるほどに。……いつかこの場面を、駒田さんのサンチョで観てみたいなあ、と思ってみたり。

　今回は、次回公演の予告がありませんでした。次にいつ観られるのか、そもそも次があるのか、何もわからないまま。ただこの舞台は、本当にリピートしてこそ意味がある、こういう舞台がどこかで上演され続けているということに大きな意味がある、と感じています。ずっとずっと語り継がれて欲しい、人のあるべき姿と志の物語。必ずや、次があることを信じて。