「ラ・マンチャの男」帝国劇場 2002.7.31〜2002.8.30 主催：東宝 えーと、かなり時間が経ってしまいましたのであっさりめになると思いますが、（何しろこの間に公演がもう一本とSSFCと伊角中毒が〜）恒例のネタバレありですのでご注意。まあ、次は2005年とのことですので、このタイミングでネタバレいやーんな方も多くはないと思いますが、念のため。 前回2001年2月の日生劇場でも観劇しました「ラ・マンチャの男」ですが、今回はまた別のお芝居のように違っておりました。まあキャストも変わってますし、演出も変わってますし、当然といえば当然なのですが。（ちなみに2002年6月の博多は見ていません）今回は、最初から最後までヒロインがいました！ ……というと語弊がありますが、ヒロインのアルドンサ役が松たか子さんに替わったことで、最初から最後までお姫様がいたんですね。前回は最初は迫力のあばずれだったアルドンサが、キホーテに出会い、ほろりと可愛さを見せるようになる行程にキュンと来たのですが、今回はこんな可愛いお嬢さんを何ちゅー扱いしとるんじゃお前ら！ キホーテ、正義はお前だ早く助けてやってくれ、と感じておりました。 こういう演出が成功か失敗かは実際に見た人の好みによると思うのですけれども。カワイコちゃんスキーの私は、とにかく可愛かったのでＯＫ！ ナンバーによっては、完全に松アルドンサの声で脳内を巡るようになった歌もあります。声が可憐で可愛いんだもの。錯乱して絶叫する声も、やっぱりソプラノのほうが悲痛に響きますね。 ただし、こういうカワイコちゃんは、お金持ちのお大尽に拾われて幸せになるというのがセオリーのような気がするので（※すげえ勝手な思い込み）、到底無理な理想をストイックに追い求めるラ・マンチャの主題にはちょっと外れるかなあという気もいたします。 芝居全体もヒロインを軸に変わったように感じまして、私の好きなナンバー「可愛い小鳥」の場面も、本当ーに可愛かった。荒くれ男ども、お前ら本当はアルドンサと肉体のお付き合いじゃなくて、木の下で愛を語らい小鳥さんのチューとかしてみたいんじゃないの？等と思いつつニヤニヤ見てました。 実際、過酷な現実の中で荒んでいる彼らにとって、欲求の捌け口だけでなく、癒しの源もどこかになければやっていられないでしょうし。しかし当のアルドンサはお金と憎しみだけで男たちと関係していますからね。 ……ん、私がラ・マンチャをどうしても手放しに好きになれない理由は、どうもこのへんにある気がしてきました。現実が厳しいからこそ、立ち向かう勇気だけでなくほっとくつろげる癒しも欲しい。こういう私が前回のラ・マンチャより心穏やかに見られたのは、やっぱりお姫様アルドンサを軸にした演出のおかげのような気がします。 で、このお芝居唯ニの癒し系？サンチョと床屋ですが。（我ながら勝手なくくりしてるなあ）サンチョは……前回より音痴（当然、役者さんがではなくて演出的にですよ）が増して、より和み度はアップしたものの、聴き手に淋しくなったように感じました。（気がする程度なんですけれども） 理想を追い求めるキホーテの傍にいて「旦那が好き」と言える強さ（弱さではなく）は私の理想像でもあります。自分の尺度を持っている人間はときに自分の判断につまづいたりしますけれども、他人の尺度に命を預けられる人間は、ある場面で前者よりもはるかに強い。他人の充足を己が充足とできる力は、もしかすると理想を実践する力よりも必要なのかもしれない。ラスト瀕死のキホーテに「サンチョ！」と呼ばれて「御前に！」と答えるセリフには、今回ビリビリと胸に染み入りました。うーんどこまでも主従好き。（厳密には主従じゃないんでしょうけど） 床屋さんの場面は、思い切り個人的な理由で（笑）癒しなんですが、深刻で真剣でそれゆえに滑稽に見えるラ・マンチャの中で、毎回アレ？と思うくらい毛色が違うように感じております。 のっけから明るく「おいらは陽気な床屋でござる」で登場し、黄金のかぶとを盗んだとキホーテに濡れ衣を着せられ、商売道具のヒゲそり洗面器を取り上げられ、「今にあれがまやかしだとわかりゃ」「それでもヒゲそるときゃ役に立つ」サンチョとの間抜けなやりとりに納得して退場。……それでいいのか、床屋。ああ、それでも君はそれでいいんだね。それでも笑っていられるのが君の強さなんだねえ。というか、キホーテの生き方にはない柔軟性（でも決して投げやりだったり流されているわけではない）を見出して、観客がある意味で現実に戻る場面。 今回は少し動きが変わりまして、さらに一つ意味が加わったように思います。キホーテが洗面器を奪い、黄金の兜と崇めはじめる横でサンチョとやりとり。違うって、ただの洗面器だってのに、本当のこと言わなくていいの？ 嘘ついたままで？ へえ、いいの？ うわ、崇めてる、崇めてるよ本気で。……ん、あれ、あれ？ 何だかおかしいな、眩しく見えてきた……うわ、眩しい。輝いている！ こ、黄金の兜だよぉ〜！ という感じの動き。それがただの洗面器に過ぎないことは、キホーテ以外の全員が知っています。勿論、観客も。けれど肝心の持ち主の床屋が、あえてそれを黄金の兜と認めたような眼差し。 錬金術のようなこのシーンを、善か悪かで一刀両断にすることはできません。床屋はやっぱり、おいらの商売道具取られちゃった〜、というお茶目なポーズを残して去って行くのですから。盲信とも呼べる、理想を信じたいキホーテの情熱の強さ。これをどう受け止めるかに、その人の生き方が試される場面のように私には思えました。 ちなみに、駒田さんの演じたムーア人も健在。（ここで萌えトークかよ！）ムーア人の「ウィウィ〜♪」は相変わらず下腹に響く艶っぽさでした。はあ、ええ声じゃ。私にとってラ・マンチャ観劇中いちばんアドレナリンの出る瞬間かもしれません（いろいろ間違い） ＆水を飲むシーンのロバのちびすけ君、今回はとってもおしゃべりです。「オエ〜」とかちゃんと役者さんの声が聞こえて大喜び。松さんアルドンサにはより懐きやすかったようですね。眠る馬とロバが寄り添い、足を絡める演出もしっかり健在。今回、二階席から眺め下ろす機会があったのですが、か、可愛いです……(*^^*) 他の役では、カラスコ博士が気になりました。理論家で現実主義で、役者が替わって若さゆえの鼻持ちならない加減がより出ていたように思います。帽子を投げるシーンとか熱かったなあ。微妙に不満だったのがアントニア。役者は替わらずですが、前回より印象が薄かったのは何故でしょう。おじさまを心配しているようで、そのくせ自分のことしか考えていない小娘の雰囲気は良く出ていたのですが、歌がどうしても。前回、数日耳について離れなかった歌声が出ていなかったように感じました。 さて、お話ぶっ飛ばしてラストシーン。宗教裁判にかけられるために引き出されて行くセルバンテスに、牢名主が訊ねます。「ドン・キホーテはセルバンテスの兄弟か？」セルバンテスの答えは「我ら二人ながらラ・マンチャの男です」 前回見たときはスルーしてしまったセリフですが、今回妙に印象に残りました。理想の実現に無鉄砲に立ち向かい、傍目にはキ○○○にしか見えない物語の中のキホーテと、そんなキホーテを描きながら、現実に打ちひしがれ裁判に怯えるセルバンテス。物語中では八つ裂きにされても旦那が好きと言い張るサンチョも、現実では震えています。現実と理想は、得てして折り合わないものです。キホーテを面白おかしく語るだけだったセルバンテスが、荒涼たる現実にラ・マンチャの男として踏み出して行く。そういう構図が、今回初めて理解できました。 セルバンテスはきっと現実の前に敗れるでしょう。舞台上の囚人たちも遅かれ早かれ、顔のない刑吏たちに引き立てられ、理不尽な現実に踏みにじられる運命には抗えません。そこで歌い出す、アルドンサを演じた囚人。「夢は稔り難く、敵は多なりとも」荒んだ現実の中でも、風車に立ち向かうキホーテの妄信的な情熱を、心の片隅に秘めて生きることもできる。ああ、こういう芝居だったのか、と思いました。私が感じているほど、苛烈に理想だけを求めているわけでもないのかもしれません。それとも理想だけが、ここでは残された癒しなのかしら。 さて、思いつくまま書き散らしましたが（結果的に全然あっさりしてないし）、今回の観劇で感じたことはこんなものです。ただ本当に見るたびに見えること、感じることが変わる不思議なお芝居なので、次回何を感じるのかまた楽しみです。2005年の帝国劇場……私が観に行くかどうかはキャスト（一名限定）によるんでしょうけどねえ。（自分のミーハー加減に苦笑） |