でも実際に観てみたら、面白かったです！

　※以下容赦なくネタバレご注意ください※

　まず役者陣が実力派揃いで、どのシーンもアンサンブルまで見応えがある。音楽がよくて、歌の巧い役者たちの聞かせどころがある。重いテーマの残酷な物語を、奇想天外な演出で軽妙に魅せる。

　そしてテーマが私好み。

　たとえば「ラ・マンチャ」が「見果てぬ夢のために何度でも起き上がり立ち向かう」直線的な物語だとすれば、「キャンディード」は「幸せを求めて流浪したが、結局すべての答えは自分の中にあった」輪を描いてはじめに戻る物語。

　舞台上にはセットとして常に巨大な輪が存在していますが、その描く円のごとく「環ディード」なんだなあと感じた次第。まさか演出家のジョン・ケアード氏はそんな駄洒落でセットを考えたとは思いませんが、私の中ではきれいに符号しました。最初に舞台上に輪があって、上昇し、輪の下でキャンディードの旅が繰り広げられ、結論に至ったときまた輪が降りてくる。象徴的な演出だと思いました。

　ラテン語で「真っ白な」を意味するキャンディードは、様々な天災・人災に遭うけれども、それによって性格が変わることはありません。登場最初と同じ、いつも素直で天真爛漫で、他者に染まらぬ真っ白な子供のまま。それゆえに残酷な真実を思い知らされ、運命に翻弄され、従わされる。そうして世の中のあらゆるもの、美しいもの汚いもの楽しいもの悲しいものを呑みこんで、自分の中に幸福への道標を見つけます。

　こういうテーマ、大変に私好みです。幸福になるための、生きるためのすべての力は、実は最初から自分の中に備わっている。ただ気づいていないだけ。それに気づくことは、どんな黄金よりも宝石よりも価値がある。お姫様が王子と結ばれるよりも意味がある。

　正直、こういう舞台が東宝の大型ミュージカルで見られるとは思っていなかったんですよね。今回はいろいろ忙しくて二回しか見られなかったのですが、また再演があればいいなーと思います。

　では以下、だらだらと役者別萌え語り。

　まずはカカンボ役・駒田さん。東宝なのに、歌があるよダンスがあるよ悪役じゃないしちゃんとお顔が見えるよ！ファンとしてはそんな役でした（笑）だって切実よ、本当。

　役柄も忠実で善良なる従者で、駒田さんにピッタリでした。キャンディードと船出するシーンとか、ラ・マンチャのサンチョそのまんま。何でこの人はこんなに従者役が似合ってしまうんでしょうね。カカンボとかサンチョとかクコールとかヴァレリウスとかＸとか。しかもどれも頭の回転が速くて、生活力があって、しぶとく頼りになる。

　カカンボは兵士でも墓堀りでも何でもできるのに、「いい人」なだけの若造キャンディードに仕えて、貧しいときも病めるときも健気で一途。ある意味、才能の無駄遣いというか、どうして従者で甘んじてるの？な人。でもきっとそう問いかけたら「友達だから！」の一言で済ませてしまうんでしょうね。とびきりの笑顔で。

　駒田さん本人の性格を主・従で分けたら、どちらかというと主側な気がするんですが、何でか役柄は従側が似合う。それは本人が理想とする従者像があるからなのかな〜と思います。こういう人間が自分のそばにいたら最高だよねっていう。ちなみに私も従者に関してはウルサイです、フェチなくらいの理想があります。そんで自分は絶対に従者側にはなれません（笑）

　好きなシーンはまず船出のシーンと、お墓の中から「ご主人あなたですか？」と登場するシーン、マキシミリアンを殺して絶望するキャンディードをハイハイと流してハムを食べさせるシーンも大好き！　明るくしぶとく生命力にあふれるカカンボがそばにいれば、それだけで幸せに近づける気がします。あと老女を歓迎してギターを奏でて踊るシーンと「完全なる日本人です」のギャグも好き。

　衣装はジョニデというか、海賊風でしたね。ちょっとワイルドな眺めのウェーブヘアを、太いヘアバンドで上げて、アイラインをしっかり引いたエキゾチックなメイクはONEPIECEに出てきそうでもあります。とにかくお顔がちゃんと見えるのが（以下略）

　まあ、要は大好きです、カカンボ！

　で、今回語らずにいられないのがクネゴンデ役の新妻さん。

　東宝ミュージカルではおなじみの役者さんですが、今回ファンになりました。超絶技巧コロラトゥーラのアリアがとにかく凄い！　歌のうまい人とは思っていましたが、これほどとは。

　そして歌がうまいだけじゃなく、演技もいい。ヒロインなのに汚れ役なところとか、お色気シーンが多いのにしっとりより心理描写のサバサバが必要なところとか、キャラ的にも絶妙のバランスだったんではないでしょうか。彼女の周りは相当に残酷なエピソードばかりですが、カラッとしているので観客までウェットにならずにすむ仕組み。

　さらにルックスがまた私好み。娼婦のときの、クラシカルなドレスに、斜めに上げた髪が色っぽくて可愛いよ〜。娼婦姿が美しかった分、終盤でいったん「醜くなった」クネゴンデが、キャンディードにプロポーズされて清楚な娘の顔になるところ、とてもとても好きです。

　そして老女役の阿知波さん、これまた凄かった！　老女の壮絶な人生を一気に語るシーン、グイグイ引き込まれました。セリフで語っているだけなのに、目の前で起きているような臨場感、緩急を自在に操り、最後にふっと見せる女らしさと母性、やさしさ。物語後半では「お尻がかたっぽ？」「聞かないで」の定番ネタにまでできるたくましさ。

　カカンボ同様に仕える側の人ですが、やっぱりカカンボ同様、明るくしぶとく生きることを知っている。この役をこうも素晴らしいキャラに昇華させた阿知波さんには脱帽です。

　タイトルロールのキャンディード役は井上さん。舞台では初見でしたが、アクがなくてクセがなくて、そのくせ強烈な個性の脇役たちに囲まれても埋没せず、歌もルックスも◎。あー、いい役者さんだなと思うと同時に、「真っ白な」キャンディードにぴったりだと思いました。実はもっとクセのある人なのかと思っていたんですが、見方が変わりましたね。また見たい役者さんになりました。

　語りのヴォルテール＆キャンディードの師であるパングロス先生は市村さん。失敗すると超退屈になるだろうヴォルテールの語りを、この方は実に軽妙に洒脱にやってのけました。軽やかでリズミカル、見ていて飽きない身のこなしはさすが。この人が演じてしまうと「他の役者で想像つかない」ことになりますが、この役も同様でした。

　パングロス先生は、ロマンティックで英雄色を好む的で哲学者でおしゃべりな愉快な人。何度殺されても死なないし（このへんはキャンディードならではのお笑いクォリティ）、失ったはずの耳や目がいつのまにか復活してるし、うん、愉快だ。

　マキシミリアンの坂元さんは、うんすごく意外な役どころでした……まさかサカケンでナルシーゲイを見られるとは。彼は結局最後まで、私生児キャンディードの偏見を捨てられないキャラでしたが、この頑固な価値観のキャラが混ざっていることが、物語のリアリティを増していたかと思います。（いや物語的にはありえないんですが、心理描写の部分で）

　とりあえず、こんなところかな？

　再演があったら、もうちょっと通いますよ東宝さん！とおねだりして終わります。