物語は、小説「火怨」を読んでいったので、まあ結末は見えていたわけですが、それをどう魅せるかが勝負。「何がこの日の本の礎か」決して遠い過去のことではない、現在の自分につきつけられる強いメッセージを感じました。演出も、脚本も、音楽も、役者も、これを観られてよかった、素晴らしい舞台だったと思います。

　ちなみに今回の観劇は、初日と楽前日、楽の三回でした。まだまだ観足りない部分もあると自覚しつつ、以下、項目ごとに箇条書き。

○衣装

　いつも楽しみなＴＳさんの衣装。今回は和風をベースに、動いたときに見栄えのいいようにアレンジしてありました。

　大和の田村麻呂や高麿は、ビビットな色の直衣に、ひたたれ部分は広がりやすいようサイドのみ、髪はストレートに結い上げ。蝦夷たちはブルーの布を巻いたようなぴったりした上着に、めいめいの毛皮を羽織り、波打つ髪は肩に垂らし。御伽草子では、大和側は輝くパステルカラーに豪華な冠とひらめく袖や裾、蝦夷側は恐ろしげな鬼の面をつけ、緑や茶系のアースカラーでなまはげ風。

　好きな衣装は何と言っても鈴鹿御前。パステル・ピンクの白拍子風で、ひらひら長ーい袖が舞うたびに弧を描き、演じる彩輝さんのルックスにぴったり。

　蝦夷の衣装は一見地味なのですが、動くと波打つ髪や、毛皮がまるで生き物のように動いて野性的。ギラギラ光る幅広の蝦夷刀もアクセサリーとして効いていました。アテルイ役の吉野さんは、波打つロングヘアと毛皮のベストが、華麗な動きをさらに派手に魅せてカッコイイ！　グルングルン四回転しながらはけていくところが好きでしたね。イサシコ役の駒田さんは、ぼわっと広がった印象的な赤毛、右肩にテン二・三匹？みたいな個性的な毛皮。左顔面の特殊メイクとバランスをとってのアシンメトリーでしょう。トップスの背中の裂け目が日に日に広がって肌が露出していくのが、実は個人的に心配でした……お肉が（笑）←コラー！

○演出

　今回はとにかく和風の一言に尽きます。開演前の舞台には、幕ではなくねぶた祭りのような勇壮な描き絵、ちりーんと遠くからかすかに聞こえてくる風鈴の音色、郷愁を呼び起こす日本の風情でありながら、そのくせどこか異国に迷い込んだかのような淋しさも同時にこみ上げる、そんな雰囲気でした。

　幕が開けば、ヒタカミの大地の夜明け。アンサンブルのダンスと大音声が雄大で荒々しい世界を体現し、アラハバキ神の使いの白鹿の舞いが自然の美しさと慈しみで満たして行く。大和と蝦夷、同じヒタカミの大地での、二つの民のせめぎ合い。まさに象徴的な演出だったと思います。

　そして舞台がヒタカミの蝦夷中心に演じられていくのに対し、合間合間に挟まれる田村丸伝説の御伽草子。初見では御伽部分の歌詞が聞き取れなかったために見落としていましたが、繰り返し見ると、登場人物の名前等きれいに符合していることがわかります。一つの事実の裏と表、御伽と事実の共通点・相違点はそのまま、わかりあえない二つの民の象徴。

　いつも舞台セットやモチーフの使い方にこだわるＴＳさんですが、今回はとくに脚本の細部まできっちり計算された構図が見えました。

○テーマ

　演出とかぶる部分も多いのですが。今回印象に残った言葉は「生まれ変わり死に変わり」でした。カーテンコールでも繰り返し歌われるナンバーのサビですから当たり前なんですが。生まれ変わり、だけでなく、死に変わり、もまた等しく扱っているところがミソ。

　死んでもまた生まれ変わる、というモチーフは結構どこにでもあるのですが、生まれてまた死ぬ部分に着目する場面はそう多くない。「死んだら蝦夷に生まれて来よう」と言う高麿、単に弱者を虐げる強者であることを嫌悪するだけではなく、この世で強者の側に在る者も、来世では「死に変わる」番が来ることを示している。大和も蝦夷も、等しい命。たまたまの巡り合わせで、生きる側に立つか、死ぬ側に傾くか。「戦のない世の中になっていたら」立場が分かれることもないのですが、ここで客席は自分たちがどちら側であるかに思い当たる。

　現代でも、戦のない世の中にはなっていないし、日本に安穏と暮らす私たちは、当時の大和側の人間のように自分たちがどんな犠牲の上に立っているのかも自覚していない。「この日の本の礎が何であるか」アテルイが、高麿が、繰り返す問いかけは、客席に向けられたもの。その問いに対する答えは舞台にはなく、我々が負って生きていかなければならない。生まれ変わり、死に変わるどちらの側に立つとしても、鬼の顔を持つ人は決して逃れられない枷。

　戦いに倒れた蝦夷たちの亡骸が、暗転後そのままヒタカミの大地の精霊たちに変わっていた演出は、そうして繰り返す「生まれ変わり、死に変わり」を見事に表現していました。ラストで赤子を抱き、明日に希望を見いだすアケシの姿は、我々にとっても救い。問いかけへの答えを示唆しています。

○イサシコ（赤毛）

　ということで、もう個別の役語りに入っちゃいますヨ。

　今回の駒田さんは、やっとお顔が見えて、歌もセリフも踊りもふんだんにある役！と思いきや、初登場は鬼の面、次の場面では片目眼帯、やっと眼帯もとれたら顔半分に火傷跡みたいな特殊メイク。お顔全部はなかなか拝ませてくれないのね……あんなにハンサムなのに。

　駒田さんの役は最初、大和に服従した「にぎ蝦夷」の赤毛として登場しますが、実は大和に抗い武器を作り続ける「あら蝦夷」の隠れ里・鉄の谷を治める江刺の長・イサシコと判明する。駒田さんお得意の二面性を持った役。大和の前で従順なふりをしながら、ふと意味ありげな表情を浮かべ、あら蝦夷の本性に戻る。このへんの、登場人物には悟らせちゃいけない、観客にだけ魅せる伏線がさすがにお見事でした。

　さらに複雑なことにはこの役、アテルイと共に戦った将たちの象徴のようにも見えました。あらかじめ私が「火怨」を読んで、相当入れ込んでいたからとは思うのですが。

　舞台のイサシコは江刺の長ということで、他の蝦夷よりやや年齢が上のようでした。「都に行く前にアテルイは俺に言った」と彼だけがアテルイと直接の対話があるようなセリフもあります。若い蝦夷たちは、アテルイとともに戦場に立ったことはあったにせよ、将クラスではなかったのでしょう。一兵士として、王であるアテルイを信じ、従っていた。けれどイサシコは、アテルイと肩を並べ、対等に意見を交わし、戦ってきた盟友ではないかと思うのです。だからこそ大和から守りたい「蝦夷の誇り」が何であるかを語れるし、「戦が流すぎ」たことを痛感し、アテルイの死を無駄にしないためには大和との共存の道を探り、「信じてみなければ何も始まりはしない」、高麿に「国は人の心だ」と説き「俺はあんたの器量に命をかけた」とまで言える。どれもこれもが、アテルイとともにした実体験に基づいているから。

　そうして見ると、舞台のイサシコは、「火怨」の江刺の長・伊佐西古の名を取りつつ（江刺の長は代々この名前なんじゃないですかね、エサシの子、みたいな意味で）、大和と和議を結びうまく立ち回った津軽の赤頭でもあり、御伽草子で「悪路王の知恵袋」と歌われる部分はアテルイの参謀・母礼でもあり、顔面の火傷はアテルイとともに戦うために自らの顔を焼いた諸絞でもあり……あの世代を一身に象徴する役に見えました。

　と思ったら、小説とオーバーラップして、イサシコの死が泣けて泣けて。たとえ他の選択肢が死しかなかったとしても「蝦夷は奴隷の道は選ばない」と歌って死んでいく。蝦夷の誇り、怒り、哀しみ、当たり前の幸せを享受できる平和への切なる願い。死んだイサシコの赤毛に、白い雪が降り積もっていくのが印象的でした。

　あと武器が普通の刀ではなく、縄付きなのもまた派手で良いのですよー。「蝦夷は卑怯な真似を許さない」暗殺者っぽい制裁にも痺れたし。火の玉出したのもカッコよかった！　今回は本当にカッコいいの連続でした。鬼の面で踊りまくり「赤頭！」って見栄を切るところもカッチョイイ。それまで顔が見えなかったのに、あのハスキーボイスで「ここに在り！」ってなる感じがまたファンにはときめき倍増で。

　小ネタでは、高麿に御伽草子をねだるときの小さい拍手とか、高麿の枕元に正座してるとことか、特別変なことをするわけでもなく間合いで笑いを取るところも、この人ならではだなあと思いました。とにかく、歌ってようと踊ってようと黙ってようと、舞台から客席に何かを的確に伝えるという技が凄いんですな。

　こうしてまた、再演で観たい役が増えていくわけだ……駒田さんを観るだけじゃ足りないのですよ。もちろん駒田さんを観られることがファンにとっては至福ですが、それでもクコールが観たいし、イサシコが観たい。そんな理由で「AKURO」も再演熱望です。

○謎の青年（アテルイの亡霊）、御伽草子の語り

　駒田さんを追いかけていると「ヴァイオリン弾き」「ダンス・オブ・ヴァンパイア」「AKURO」と吉野さん追っかけも続く形になるわけですが、おかげさまで最近どっぷりファンでございます。この人はとにかく身体表現力が凄い。

　すらっとした長身、長い腕足を、今回は波打つロングヘアと毛皮をなびかせてそりゃあゴージャスに演出。ひとつひとつの動きが流麗な弧を描き、華やかに目を引く。目を引いた上で、物語や感情を客席にダイレクトに伝える。歌声に難をつけられることもあるようですが、私はこの人の歌はアンジョルラスの頃から「物語や感情が伝わるから」好きです。（逆に歌唱力に定評のある役者さんでも、歌詞が聞きづらい、感情が伝わらない、という理由でミュージカル俳優としては苦手な人がいたり）今回は御伽草子の語り手に始まり、語尾が「だぜ♪」な明るく若者らしい歌、血涙をしぼるような「阿修羅のように」どれもわかりやすく伝わってきました。「阿修羅のように」の迫力は、客席にいて震えが来るほど。

　当初謎の青年で、後にアテルイの亡霊と知れる不思議な存在感の役ですが、ごく自然に演じていました。人懐こい笑顔を見せる、若く明るい蝦夷の青年と、蝦夷の怒りと哀しみを一身に負った王の姿。両極端にも見える性質が一個の人格に入っているからこそ、生身の人間として共感できる。「俺の名はアテルイ」名乗った後、照明がアテルイを中心に渦を巻いて劇画っぽい表現になるのも「ああ、悪路王だ」という感じで好きでした。

　さすがのダンスは、ちょっとした移動にも、縦横にグルングルン回ってくれるのが、ターン好きとしてはうれしかったです。鉄の谷での「大和が蝦夷に何をしたか」の途中で下手にはけて行くところ、そのまま移動でもいいのに四回転するあたりが何ともゴージャスでカッコイイ。

　あと御伽草子の語り手も、ひらひら要素のない烏帽子姿でしたが、糸で釣られる操り人形のような軽い動きが可愛かったです。三人揃って腕を大きく動かす振り付けも可愛くて萌え。あの語り手三人、手のひらサイズにして机の上で踊らせておきたい感じ（笑）

○オタケ

　ＴＳと言えば平澤さんですが、何役か観た中で、今回のオタケは一番セクシーに感じました。変な意味の色っぽさじゃなくて、男らしい、フェロモンムンムンの。もみあげ付きポニーテールの横顔がとくに好き。

　ちょっとした動きの体の切れ、剣舞の迫力、殺陣の素晴らしさは言うまでもありませんが、今回はさらに歌と演技の艶がよかった。大和は信じられない、アケシも殺す、とまで言いながら、最後には仲間に向かって「信じてみなければ、何もはじまりはしない」と歌う。ふてくされたようなとかツンデレ（笑）とかいうと間違い気味ですが、気だるいような歌い方がツボだったのでした。

○白鹿の精霊

　歌もセリフもない、ダンスで参加の藤森真樹さんが、素晴らしく良かったです！　バレエ系の動きで、場面転換ごとにふわっと舞台を横切る程度ですが、とにかくその神秘的な美しさに目を奪われ、心洗われます。彼女の存在がヒタカミの大地の恵み、アラハバキ神の慈しみ、蝦夷の誇り・愛・希望を感じさせる。

　御伽草子のバック・ダンサーも含めて、結構出ずっぱりだったと思うのですが、息切れや体の重さといった生身の人間くささを感じさせず、まさに精霊でした。東宝のＴＤＶやハッポウのマジヨ等、ダンスを演出に取り込んだ舞台を続けて見ていますが、一番さり気なく素晴らしくマッチしていたと感じました。

○その他

　後は何というか、書き漏らし部分。

　高麿と田村麻呂は、蝦夷たちに比べて書き込みが浅いように感じましたね。高麿には、白鹿に選ばれ蝦夷たちに信じられるカリスマ性、愚直なまでの重厚さが欲しかった。坂元さんは言葉のわからない子守歌とか滅茶苦茶うまいんですが、感情を載せる歌やあっさり薄味のお芝居はどうも私好みではないようです。田村麻呂は大和側の鬼を一人で象徴ということで、火怨とのギャップもあり、人格が伝わりにくい部分がありました。実はアテルイと対になるような、人間くささと国の象徴性の同居が必要な役なんじゃないかと思うのですが、どうも後者ばかりが目立ったかと。鬼の顔だけでなく、本来あったはずのアケシへの想い、姫への想いを覗かせる描写がどこかにあったら、どの人間も等しく善悪を併せ持つ象徴になったと思うのです。

　アケシ・鈴鹿はとにかくルックスがパーフェクト。立ち姿も身のこなしも顔立ちも得も言われぬ雰囲気もぴったりで、美しい。敵だろうと愛してしまえば子を産める（産まされる）女の弱さと表裏をなす、生き残り子を育てる強さ。ただ歌について、歌詞が聴きとりにくいのが難でした。初日では、端席だったせいもあって、とくに鈴鹿の物語はほとんど聞き取れなかったのでした。

　ヒトカはもう少し、薄幸な影が欲しかったかなと思います。大和を信じて、大和に責め殺される、罪のない蝦夷の象徴。信じてみなければ何も始まらないけれど、信じても裏切られることのほうが、現実には多いかもしれない。婚約者のアケシにも口を利いてもらえないし、一番可哀想な役だったなあ。

　とまあ、最後に苦手な部分を挙げてみましたが、それを含めても、大好きなお芝居です。ＴＳで観た中で一番好きかもしれません。モチーフ的にはタックがモロ好みなんですが、今回のほうが、脚本・演出・音楽・ダンス・芝居が緻密に計算されて、テーマがストレートにわかりやすく伝わってきましたから。あとは、うん、駒田さんの出番が多かったし、踊るし歌うしどれもカッコよかったから♪←ミーハーでスミマセン。ＤＶＤが出ないのは本当に残念ですが、再演に熱い期待を寄せてます。